第12話 そして2人は結ばれた
慎たちと別れたあと、心は純の車で帰路についた。助手席から外を眺める心は、どこか上の空だった。
「ねえ、純さん」
「どうした?」
運転中の純は心を見ずに答えた。
「わからないことがあるんだ」
純が返事をするよりも先に心は続ける。
「慎さんに会って、ぼくはわからなくなった」
焦るように話し出す心。
心が何か言いたいと察した純はゆっくり回り道をして帰ることにした。
「実は、やり直せるんじゃないかって少しだけ期待してた。再会したら慎さんの気も変わるんじゃないかって」
心は拳を握りだす。強く。長く。
「でも本当はもう無理だってわかってた。だって、会うのが怖かったから」
心が俯きだす。心が思い浮かべるのは、慎と純の二人だった。
「純さん。ぼくは純さんが好き。でもこの気持ちは、失恋したから生まれたの?」
心の冷たい頬を熱い涙が伝う。
「ぼくは、慎さんに振られたから……慎さんの代わりに純さんを好きになったの?」
涙は、握り締めた拳とズボンを濡らした。
純は車をコンビニの駐車場に停めて、心に向き直る。
「私は心の気持ちがどうなのかわからない。でも彼女の代わりに私を好きになったと思うのが嫌なら、私と彼女で違うところも見てほしい」
純は微笑む。普段のクールとも冷徹ともつかないイメージなど初めから無かったように。
「私たちは出会ってからお互いのことを深く知る機会が少なかった。心が良ければ、お互いの理解を深めたい」
「それに」と純が付け加える。
「心からそんなふうに言われて本当は嬉しかった。心が私に向き合ってくれたと思ったからな」
純の温かな言葉が心に染みていく。
「ぼくは……純さんに向き合って、純さんのことをもっと知りたい」
心の言葉は静かだが、確かに純に届いた。
心は自身の初恋にようやく別れを告げることができる。
再び走り出した車内で心は自身の恋を反芻する。
心にとって、慎との恋はどのようなものだったか。
誰がなんと言おうと心にとっては素敵な恋だった。情けない自分だった。愛しい彼女だった。幸せな時間だった。悲しい別れだった。期待と諦めの入り混じった再会だった。しょっぱい失恋だった。全部が心にとって大切なことだった。
彼女がどんな想いで心と付き合っていたのかはわからない。どこに惹かれて新しい恋をして愛を育んだのかも。心のことを本当はどう思っているのかも。心には全くわからなかった。
かつて、心が慎に「男の子としての慎を愛す」と言った。しかし、心にはそれができなかった。それは心の初恋の限界でもあった。きっかけは「男の子から女の子」へと変化しようとする慎に興味を抱いたことだが、心が好きになったのは女性としての慎である
「男性」「女性」といった概念に囚われ、目の前にいた慎のことにしっかり向き合えなかった。
結局、心は「男の子として育てられた慎」「女の子らしく振る舞う慎」のどちらともうまく付き合っていけなかった。
そこまでようやく思い至って、心は慎に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。同時に慎が関係に溝をつくらず、違う形でやり直す機会をくれたことに感謝もした。
心が慎との関係を前向きに見直すことができたとき、ちょうど自宅のそばに到着した。
心が車から降りる際、純が声をかける。
「心、もしよければ、今度は私の話をしたい。私のことを……自分から心に伝えたい」
いくらか精神的に余裕ができた心は笑顔を見せて答える。
「うん。よろしくね。純さん」
ようやく向き合うことができた二人を夜空から月が祝福していた。
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