第11話 それぞれの道を行くために
夕陽に街が焼かれ、人々は足早に家路へとつく。その様子を見ながら心は、自分と慎が付き合うきっかけになったのも夕方の屋上だったと思い出していた。
慎と待ち合わせる喫茶店は街の外れで、夕暮れ時から人通りが減るため寂しさを感じさせる。近くまで純の車で送ってもらった心は車から降りて一回、店に入る前に一回深呼吸をした。
店に入ると慎が奥の席に座っているのが見えた。見た目は最後にあった時より大人びて見えるのに雰囲気が変わっていないことに心は淋しさを感じた。
「こんにちは慎さん。お久しぶりです。隣の方が件の?」
心はなるべく笑顔を意識したつもりだったがあまり自信がない。
慎からも挨拶が返され、紹介が始まった。
「こちらは秋島さん。私と同じ大学の先輩です」
慎から説明を受けている間に心は秋島と言う男性の方を見た。
外見で言えば、体格は比較的良い方だろう。柔和な表情と落ち着いた雰囲気が大人の男性特有の包容力を感じさせた。
「初めまして佐倉さん。秋島です。慎からお話を伺っていました。本日はよろしくお願いします」
慎の元カレで年下の心に丁寧に挨拶した秋島。きっと彼は良い人なのだろう。心は慎の交際相手が変な男じゃなくて良かったと思う反面、少し悔しくもなった。
「心くん、今日呼んだ理由はね。お願いがあるの」
慎の表情は真剣というより暗い。
「なんでしょうか」
さすがに「ぼくへの当て付けのためですよね」とは言わなかった。
「心くん、私と友人としてやり直してほしいの」
ぼくの想像力はまだ未熟。慎が言ったことは心にそう思わせた。
「それだけじゃないの」
慎は僅かに秋島の方を見てから再び心を見た。
「私と秋島さんの交際を心くんに認めてほしいの」
心は混乱した。それ以外になにも起こりようがなかった。
「お二人の交際をどうこうする権利なんてぼくにはありません」
ようやく言えた言葉がこれだけだった。
慎が慌てて理由を話す。
「心くん。私が引っ越すとき、心くんと別れたよね。ほんとは別れたくなかった。私は心くんと別れたけど、もう一度友人という形でやり直したい」
心はしばし黙ってから答える。
「結論から言えば、友人としてやり直すのは構いません。お二人の交際もぼくは反対しません」
自分は今どんな顔をしているだろうか。心にはわからない。
「秋島さんはこれでいいんですか?」
心はどうしても聞いておかなければいけない質問をした。秋島の本音が聞きたかった。
「俺は構いません。俺が慎に交際を申し込んだとき、佐倉さんのことは伺ってましたから。今日のことも前もって相談して決めたんですよ。」
「本音を言えば少し複雑ですけどね」と付け足しながら苦笑する秋島。心も慎たちに向き合う決意を固める。
「ぼくの個人的な話をしてもいいですか?」
どうぞ、と頷く慎たち。
「慎さんと別れたとき、これがぼくと慎さんの関係の限界だと思った。別れを嫌がって慎さんに縋り付くわけでもなくて。ただ受け入れて、途切れてしまった」
ゆっくり吐き出すように言葉を紡ぐ。
「秋島さんの前で言うけど、ぼくは慎さんが好きだ。大切な人だと思う」
そして、大事なことを付け加える。
「でもぼくの慎さんに対する想いは親愛みたいなものです。恋人としては限界だったけど友人として関係をやり直せるなら、ぼくはやり直したい。秋島さんとも仲良くしたい」
「ありがとぉ。心くん」
慎は心の手をとり泣きながらお礼を言った。薬指にはめられた指輪と自分と同じ色のマニキュアは涙で滲んだ心の目でも認識できた。
少し時間が経過して落ち着いたころ、三人で雑談をする余裕ができてきた。
「ぼくは最初、当て付けだと思いました」
やっぱり言った。これは許される。いや言うべきだろう。心は確信した。
「俺も最初、佐倉さんと会う話になったとき、俺への当て付けなんじゃないかと疑いました」
秋島とは仲良くなれそうだと感じる心。
「慎さん、こういうのはやめた方がいいよ。余計な誤解やトラブルを招く。秋島さんに理解があってよかった」
慎が二人に頭を下げる。
「二人ともごめんなさい。私のわがままで振り回しちゃって、でも二人のことを大切に思ってるのはほんとで、しっかり向き合いたいって考えてたの」
結果としてこんな形になったわけである。これが心と秋島だからよかったが、他の人であれば大問題になるところだった。
秋島は慎のため、心は慎のためもあるが、純という支えがいたからこそ、今回の一件が成り立ったのだ。
ひとしきり話終えて、店をでたとき、慎は小声で「ごめんね」と秋島に謝った。
それを聞いた秋島は少し離れた場所に移動しそっぽを向いた。それを見た慎は心に近寄り唇にキスをした。
「ごめんなさい。ほんとにごめんなさい心く」
心はそっと慎を抱きしめる。
「謝らないで慎さん。ぼくは友人としてやり直せてよかった」
「うん。でもこれで本当に、恋人としてはお別れだね」
「慎さん。最後に会った時より綺麗になったね。秋島さんの影響かな。ちょっとだけ悔しい」
「心くんも綺麗になったよ。大切な人ができたんだね。付き合ってたころの心くんと少し変わって、ちょっとだけ寂しいかも」
そう言って二人は身体を離す。夜風が心と慎の隙間に入りこんで二人を震えさせた。
「じゃあね慎さん。元気でね」
「心くんもね。また今度」
そう言って慎は秋島のもとに駆け出した。
寄り添って歩く慎と秋島の背中を心は見送った。心は二人の姿が見えなくなったら純のもとへ行こうと決めた。
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