第7話 高崎慎という女性

 夕暮れの屋上、昼とは打って変わってフェンス越しの夕焼けに背を向けるようにして慎と心は座っていた。

 放課後は部活か勉強か帰宅か、喋るにしてもわざわざ屋上まで来る生徒はいないため、慎と心の二人だけの空間が出来上がる。

「ねえ佐倉くん。私と喋りたいって言ってたけど、私になにか伝えたいことがあったの? それとも雑談したかっただけ?」

 夕陽の影になって慎の表情は見えない。プレゼントの入った箱を渡された子どものような、高揚と緊張が入り混じった口調だけが、心に伝わった。

「高崎先輩。ぼくは先輩にお話したいことがありました。ぼくの、物凄く個人的な話です」

「い、いったいなにかな」

 少し真面目に切り出した心に慎は動揺したようだ。心は続ける。

「もしかしたら先輩が不快な思いをするかも知れません」

「うん……でも君にとって大事なことなら話してほしいな」

 心の言葉は慎にとって予想外のものだったが、それがむしろ慎を少し冷静にさせた。

「ぼくは、先輩のことがずっと気になってました。上手く言えませんが、たぶん親近感とか共感みたいなものを感じていたんです」

 慎は静かに聴き続ける。夕陽の影から僅かに見える表情は穏やかでやわらかい。

「それで、先輩がぼくの手を女子みたいって言ったとき、わかったことがあるんです」

 心は目を瞑り、呼吸を整える。

「ぼくはかわいいですか? 女の子みたいですか?」

「それは……それは……」

 言葉に詰まる慎。どう答えるべきか悩む。

「ぼくには二人の姉がいて、いつも姉たちの真似をしてました。お下がりを着たり、仕草や口調を真似たりしてました。ぼくは姉たちが大好きで、お揃いだったり一緒だったりするのがうれしかった」

 慎は何も言わない。夕陽はほとんど沈み、慎の表情を隠す。

 「上手く伝わらないかもしれませんが、ぼくは女の子らしく振る舞っているつもりなんです。先輩に共感したのは、先輩が女の子らしい振る舞いをしていたからだと……思うんです」 

 心は話しながら、自分がとんでもないことを言っていると気がついた。そもそも相手の慎は女子である。それを女の子らしいとはどういうことなのか。慎はため息をつく。

「そっか……私が女の子らしい……か。佐倉くん、私のことを話てもいいかな」

「お願いします」

「私ね、中学くらいまで男の子の真似ごとしてたんだ。でも佐倉くんみたいな理由じゃないの」

 明るい口調に努める慎。彼女の思いは決して明るいものではないだろう。あたりが暗くなっても、心には慎の表情がわかるような気がした。

「私の両親は男の子がほしかったみたいで、慎って名前も本当は男の子につけるつもりだったみたい。でも私が生まれたあとは子どもができなくて、両親は仕方なく私に男の子の真似事をさせるようになったの」

 慎の話を聞いているうちに心は苛立ちとも悲しみともつかない、胸を押されるような息苦しさを覚えた。

「それでも弟ができたら、私を女の子として見てくれるって信じてた。でも中学生のときに弟が産まれたらね……両親は私のことなんかそっちのけで弟を可愛がるようになったの。私が何をしても、好きにすればとか勝手にすればって言われるの」

 日が沈み、あたりは薄暗く、肌寒い。

「それからは、女の子としてやっていこうって、そう意識して生活してたの。でも今まで男の子みたいにやってた反動なのか自然にできなくて、わざとらしかったかな」

「ごめんなさい。ぼくは、先輩にそんなこと言わせるつもりは……。ぼくは先輩のことを知りたいって思って……もしぼくと似ているところがあったら、ちょっとうれしいなって、そのくらいの気持ちでした」

 慌てたように慎が口を挟む。

「あ、あのね。佐倉くんを責めるつもりなんてないんだよ。私のことそんな風に見てたことには驚いたけどね」

 慎は心に体をすり寄せるように座りなおす。

「本当はね。佐倉くんの話を聞いて羨ましいって思った。私は両親だけじゃなくて、弟ともうまくいってなかったし、好きで女の子らしくしようって決めたわけじゃないから」

 少し間をおいて慎が続ける。

「私は佐倉くんのこと結構好きなんだけどなぁ。それも佐倉くんの言う共感だったのかな」

 嘘か本当か残念そうな慎。

「そんな風に言われるとぼくは淋しいです。ぼくだって先輩のことは好きですから」

「じゃあどうしたいの?」

「ぼくは先輩ともっと一緒にいたい。それに先輩にはもっと笑顔でいてほしいです」

 慎は「それならさ」と切り出し

「私に伝えることがあるんじゃないの?」

「伝えること?」

 悩みだす心、困りだす慎。

「心くん[#「心くん」に傍点]、君はどうして、そういうところが鈍いのか。私は言葉がほしいの。心くんの気持ちがね。声でほしいんだよ」

 さすがに心も慎の言いたいことがわかった。

 心と同じ想いでいると彼女が教えてくれたのだから、これ以上慎に言わせるわけにもいかない。

「慎先輩[#「慎先輩」に傍点]、ぼくの気持ちを聞いてください」

「うむ」

 緊張してへんな答え方をした慎を月明かりが照らす。

「ぼくはあなたと、男の子として生きた慎先輩を愛します」

 耳まで赤くした慎の答えは

「もっとシンプルなやつでもよかったのに。いきなり昔の私まで包み込もうとされてもね」

 慎は、だめだったかと震える心の手をそっと握る。

「でも、うれしかったから私的には合格だよ。ありがとう。改めてよろしくね。心くん」

 このときから、心と慎の交際が始まった。

 結ばれた二人を星々が祝福していた。

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