第3話 純さんと一緒にご飯を食べた

「ねえお姉ちゃん、ぼくの格好……変じゃないかな?」

「大丈夫だよココロちん。似合ってる」

 不安そうな心の問いに次女の理貴は笑顔で答える。

 今日は純と食事をする約束の日だ。純が提案したレストランは少々敷居の高い店で、厳密なドレスコードなどはないものの、やはりそれなりの服装で行くべき場所だった。二人の姉はともかく、心はこういった場所に来た経験がないため、かなり緊張しているようだ。

 それなりの服装といっても心は今日も女性服だった。今回の食事に関して純は椛を通して連絡を繰り返していた。そのなかで心の服装はどうするのか、という問題が浮上した。

 純は男装でも女装でも問題ないとし、必要なら服も手配すると言っていた。心はそこまでしてもらうわけにはいかないと遠慮したが、男装女装のどちらにしても着ていく服がなかった。結局はサイズがほとんど変わらない次女の服を借りることになった。

 そういった経緯もあり、心にとって今回の食事は店、服装、さらに相手も純という慣れないことだらけなイベントだった。

 しかし、心の緊張とは裏腹に椛は別のことが気にかかっていた。

「今守くんったら、かなり気合をいれているのね」

 店といい、服装といい純の心に対する配慮は凄まじいものだった。心には内緒だが、椛が連絡を取り合っていたときは家まで送迎すると言い出したこともあったほどだ。心に秘密にしていることがバレるといけないからとやめさせたが、純は本気だった。

 椛や心があれこれと気にかけている間に店に着くと、純が入り口で待っていた。純は今日の食事に応じてくれたことのお礼や椛たちの姿について褒めた。特に心に対しては念入りかつ丁重に褒めまくった。心が気を良くしたところで皆が席につき食事が始まった。

 食事が始まって最初に言葉を発したのは純だった。

「心さん、緊張しているようですが大丈夫でしょうか?」

 純は心配そうに尋ねた。それに答えたのは心ではなく椛だった。

「慣れてないから落ち着かないんじゃないかしら? テーブルマナーとかも普段気にしてないから不安なのかも」

 椛の言葉通り心は少し落ち着かなかった。それでも心は純に向かって

「大丈夫ですよ純さん。ぼくだって多少なりともテーブルマナーの心得はあります。……オードブルは……外側のやつで食べるんです」

 ぎこちない様子で話だす心を見て純は心配になった。椛から食事に関する了承を得ていたものの、もっと他の内容にするべきだったかと思った。

 テーブルマナーについて微妙な知識を曖昧に記憶している心の様子を見て、心配になったのは純だけではなかった。椛と理貴も不安になっていた。テーブルマナーなどの経験が心にないのはわかっていたことだった。それでも椛が純の提案を承諾したのは心にとって良い経験になればと思ったからだ。実際に食べたりするときに椛が手本を見せたり、となりの理貴が教えれば大丈夫だろうと考えていた。その意図はあらかじめ純に伝えてあり、純もそういったマナーにそこまで厳しくない店を選んでくれたはずだった。

 しかし、心の様子をみるとそれもうまくいくかわからない。椛たちの想像以上に心は緊張しているようだった。それぞれの不安が渦巻くなか、料理が運ばれてきた。

 実際に食べはじめると、思ったほど問題は起きなかった。心は緊張しながらも椛や理貴の助けで食事を楽しめた。

 それでも、心が全く間違えないわけではなかった。心が間違えたとき、椛は気がついてからすぐに教えようとしたが理貴に阻まれた。

 理貴の意図がわからずに椛は困惑したが理由はすぐにわかった。純が心に合わせているのだ。それは純が間違えているというより、心に恥をかかせないためにあえて同じことをしているようだった。椛は純が心に対して相当入れ込んでいるのではないかと思うようになった。そしてそう思っているのは理貴も同じだった。

 理貴は心が困ったときにそれとなく教える役割だったため、心の動作には気を配っているつもりだった。そのなかであることに気がつく。心の行動に気を配っているのは理貴だけではない。純も心を見ている。いや、純の場合は見ているというより、惹きつけられているといった方がいいだろう。純はグラスを触りながら心を見ている。その様子は心を見ている目とそれ以外の純の体が別の生き物になってしまったようだった。心に釘付けとなっている目とは違い、純の指は落ち着きなくグラスを触っている。理貴にはその純の様子が恋をしているように見えた。

 食事をしながら純は心との会話を試みた。純には伝えたいことがあった。公園で再会したときは隠していたことだった。

「心さん、私は……心さんにお伝えしたいことがあります」

 純は重々しく声を発した。心はその改まった純の態度を見て食事の手を止めた。

「私は、私自身についてのことをあまり話していませんでしたから少しお話させて頂こうと思います」

 純が急にこんなことを言い出したのは、心に隠したままではフェアではないと思ったからである。もっとも、今になって覚悟が決まったからということも多分にある。

 純は静かに話始めた。純はある財閥の次男だということ。雨の日の公園で心にあったとき、純は父親の決めた縁談が破談になり、逃げ出すようなかたちで公園に来ていたこと。そこへ心が現れ、自分に優しく接してくれたことから純は惹かれて、想いを募らせたこと。そして、今日また心に惹かれ改めて恋をしたこと。

 純の打ち明けたストレートな想いに心は困惑していた。

 困惑する心に対して慌てて純が補足した。

「いきなり付き合ってくれということではないのです。ただ、私の想いを伝えたかっただけなのです」

「ぼくは……男ですよ……」

 心がようやく絞り出した言葉に純は、存じていますとだけ答えた。心はしばらく悩み、「お友達からなら……」と言った。理貴は固まり、椛は飲んでいたワインを吹き出しそうになり、純は少しのあいだ放心状態だった。

 こうして心と純はお友達として付き合うようになった。関係が変わり二人で決めたことがあった、それは純と心の両者が敬語で話さないということだった。これは心が目上の人に敬語で話かけられることになれていなかったことや純が友人としてある程度距離を縮めたがっているという理由があった。

 他にも、心は純の好意に恋愛として応えられるかわからないこともあらためて確認した。これについては心自身の事情もあったが純も縁談の後始末などがあるため、いきなり恋愛として無理に話を進める必要はないと考えていた。

 食事が終わるときに純は名残惜しそうにしながら心に聞いた。

「また、会ってくれるか?」

 友人になって約束通り敬語もなくした。そこまでは問題なくできた。それでも純は何故だか不安だった。聞かずにいられないほどに。

「もちろんだよ、純さん。でも次は緊張しないことがいいかな」

 心は笑顔で答えた。純はこの笑顔を一生忘れないだろう。それほど素敵な笑顔だと純は感じた。

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