第2話 濡れた人と再会した
心が冷たい印象を受けたあの男性に会ってから数日が過ぎた日のことだった。
心は再び男性と出会った公園へと足を運んだ。姉である椛と二人で買物に行くためだ。心たちが住む住宅街から今日行く予定のショッピングモールはこの公園を挟んで向かいにある。
「やっと晴れたね心。何日ぶりかな」
「一週間ぶりくらいかも。姉さんが休みの日に晴れてよかったよ」
穏やかな笑みで話しかけてくる椛に心も笑顔で返す。
「理貴も後から来るって行ってたし、三人で買物できるね」
「そうだね。お姉ちゃんが合流したらお昼食べて、一緒に服も見たいね」
心は今日の晴天にも等しい晴れやかな気分でいた。心は長女の椛や次女の理貴とする買物が好きだった。三人揃って出かけるのだからいつも以上に楽しみだ。
心が軽やかな足取りで歩いていると不意に聞いたことのある声がした。
「こんにちは佐倉さん」
「こんにちは今守くん、久しぶり」
苗字を呼ばれて心は自分のことかと思ったが、椛の知り合いのようだ。なぜ聞いたことがあると思ったのか、そんなことを考えながら心は声の主の顔を見た。なるほど、聞き覚えがあるはずだ。先日ハンカチを渡した男性だった。心がそのことに気がついたとき、男性も同じように気がついたらしい。心の方を向き静かな口調で尋ねる。
「私は今守純というものです。失礼ですが、もしかして先日ハンカチを渡してくださった方ですか?」
「ええ、そうです。あのときは失礼なことをしてしまったと思っています」
「とんでもありません。そのときの私がどれだけ嬉しかったか。どうかお礼をさせて頂けませんか? 女性にお礼という経験もあまりないので希望を言っていただければ」
心は大事なことを聞き逃さなかった。
「よく言われるんですけど、ぼくは男ですよ。それにハンカチを渡しただけでお礼だなんて」
それを聞いた純は目を見開き、少しのあいだ口元に手をあてて視線が泳いだ。何かに動揺しているようだった。やがて純は意を決したように深呼吸をして心に向きなおった。
「すみません。てっきり女性だと思っていたので少し驚きました……ですがお礼が納得できないというのであれば、今の失礼をお詫びするということでなにかさせていただけませんか?」
困っている心に椛が助け舟を出す。
「今守くん、心……私の弟が困っているから、ちょっとストップ。今守くんはどうして心になにかしたいと思うの? 心はそこまで気にしてないようだけど」
純はわずかな間、目を閉じた。覚悟を決めたように目を開けると心に向かい話だした。
「実は、心さんのことを女性だと思って、その……一目惚れをしたんです。お礼にこだわったのは、心さんと少しでも関わりたいと思ったからです」
そこまで言ってから純は何かに気がついたように焦って続ける。
「でも男性だと知ったから興味を無くしたとか、そういったことはありません。心さんに感謝しているのは本当なんです」
純の言葉を聞いた心は純に対していくらか好感を持つことができた。椛が会話に参加してくれて精神的に余裕ができたこと、純が本心を打ち明けてくれたことが心に純を多少なりとも受け入れさせた。また、純が悩んだり焦ったりと様々な面を見せたことで、心が純に対して最初に抱いていた冷徹なイメージを変えたことも大きかった。
心が純に対していくらかの好感を抱いたため、その後の話は驚く程早く決まった。椛が上手く話を纏めてくれたことも要因だった。
まず、お礼(お詫び)は行われるということ。内容は食事に決まった。心が不安そうにしているのを見た純の配慮で、椛と理貴も同伴となった。
最後は公園を出るまで三人で話ながら歩いた。他愛のない話だったが、心と純の間に椛が入ってくれたため、心は想像したよりも話やすく感じた。
しかし、椛と純には隠していることがあった。純は心に言えないでいることがあった。心に打ちあけられるのは、心がそれを知るのはもう少しだけ先のことになる。
心はそんなことを知る由もない。公園の出口が見えた頃、心は純と行く食事が楽しみに思えるようになった。
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