シパキラの思い出

増田朋美

シパキラの思い出

シパキラの思い出

暑い日であった。もう八月の中旬である。夏真っ盛りだ。そんな中、多くの人はプールに行ったりとか、夏休みの宿題をしたりとかして、平和に暮らしていた。テレビでは、日本の将来の問題を、アナウンサーと知識人が、深刻な顔をしてしゃべっているが、多くの国民はそんなこと気にしないで遊び惚けているばかりだった。

暑い中、蘭が、エアコンの下で、いつも通りに、下絵を描いていると、インターフォンが五回なった。このおしかたは、杉ちゃんでなければしないと、すぐわかった蘭は、下絵を書くのをやめて、玄関へ行った。ドアをがちゃんと開けると、杉ちゃんだけではなく、一人の男性と、一寸日本人の雰囲気からかけ離れた、一人の女性がいた。男性のほうは、絽の着物姿に眼鏡をかけていたから、花村さんだとすぐにわかったが、隣にいた女性は、ちょっと変な雰囲気を持っている。

「どうしたんだよ、杉ちゃん。」

と、蘭が聞くと、

「いや、僕のところに二人で相談に来たんだが、ちょっと、お前さんの意見も聞きたいので、来させてもらった。お前さんも、意見を出してくれ。頼む。」

と、杉ちゃんが言う。隣にいた花村さんが、申し訳なさそうに頭を下げた。蘭はとにかく、こんな暑い中で、外に放置していたら困るだろうと思って、三人を部屋の中へ入れた。

「えーと、僕の意見を聞きたいというのは、何の用事ですか。」

蘭が花村さんに聞くと、

「ええ、一寸お願いというか、意見を欲しいんですが、彼女の事なんです。」

と花村さんが言う。

「彼女の事?」

「ええ、そうです。おかしなお話とお思いになるかもしれませんが、本当の事なので聞いてください。彼女に、高野喜長のシパキラの思い出という曲を演奏させたところ、パニックになって急に泣き出しました。彼女本人に泣いた理由を聞いてみても、理由がわからないというんです。でも、それから、シパキラという言葉を聞くと、、泣き出してしまうようになりました。本人すら、泣いた理由がわからないのですから、私たちがわかるはずもありませんよね。しかし、それを直してもらわないと、彼女にお箏を教えることができなくなりますから、どうしたらよいものか、それを相談に来たんです。」

蘭は、はあ、そんなこと、本当にあるんだろうかと思ったが、女性の顔を見ると、涙を流している。問いうことは、まんざら嘘でもないんだろうなということに、気が付いた。

「あの、失礼ですけど、あなたはどこの国の方ですか?日本人ではありませんよね。」

と、聞いてみる。彼女は一生懸命思い出そうとしているようであったが、思い出せないらしい。杉ちゃんが、

「例えば、その国にある名物とか、名産品とか、そういうものを思い出してくれれば、こっちも、連想できるんだが?」

と、助け船を出したが、それでも思い出せない様子だった。

「ご自身の名前を口に出して言うことはできますか?」

と、花村さんが聞くと、

「はい、藤井寺メリーです。」

と、答える。

「今住んでいる所は、どこですか?」

蘭が聞くと、

「宮島です。日本の静岡県富士市の。日本人の主人と、息子と一緒に暮らしています。」

と、彼女は答えを出した。ということは、最近のことは、覚えているらしい。ではご自身の出身国のことを、しゃべってみてください、というと、まったく思い出せないのだ。ではなぜシパキラという言葉にそんなにこだわるのか聞くと、それもわからないと答えた。蘭は、もうちょっとそのシパキラというキーワードについて、詰問してみたいと思ったが、花村さんはそれをするのはかわいそうだからやめろというので、やめておいた。そう議論している間にも、彼女はいかにも、苦しそうに見えるからだ。

「彼女は、外国人であることは確かですが、どこの国から来たのかも、その国の特徴も、何もかも口に出して話すことができません。ご主人からも、相談を受けています。息子さんがいて、まだ0歳なんですが、昼寝をしていた時、棚の上から毛布が落っこちて、窒息しそうになったのにまったく気が付かず、ちょうど来ていたお客さんからこっぴどく叱られて、やっと気が付いたというエピソードもあります。」

花村さんの説明に、蘭は彼女が抱えている問題は、自分が抱えているよりも深刻なんだということを知った。メリーさんがそのまま息子さんのことを放置し続けたら、息子さんは今いないかもしれない。そんな小さな子供に、毛布がかぶさっても、自分で外せるはずがないのは、誰でも知っていることだからである。

「それだけじゃありません。食事を十分に与えないとか、風邪で熱を出しても放置していたり、彼女の育児放棄のエピソードは、ご主人から、何度でも聞きました。単に外国人であるからと言っても、やりすぎも度が過ぎてます。そういうわけですから、蘭さんにも、ご意見をお願いに来たんですよ。メリーさんの顔を見てくだされば、彼女がいかに悩んでいるか、お分かりになりませんか?」

花村さんに言われて、蘭はなるほどと思った。隣にいた杉ちゃんが、頼むよ、蘭、と小さい声で言った。

「そうですね。僕の意見としては、単に外国から来て日本と文化が違うということのせいというだけじゃなさそうですね。其れよりも、もしかしたら、どこかに異常があるのかもしれませんよ。どうでしょう。僕たちと一緒に、精神科の病院へ行ってみませんか。日本の精神科はひどいことを平気で言うような医者はいませんから、大丈夫です。僕たちがここで素人判断するよりも、専門家の先生に見てもらったほうが、いいと思います。どうでしょうか、もし、そういうところが怖いなら、僕たちも付き添いますから。」

蘭はしっかりと自分の意見を述べた。花村さんも、私もそうだと思います、と同意した。

「大丈夫です、日本では精神科というものは非常にありふれた、身近な科になっていますから、変な人はおりません。それにいったからと言って、誰かにばかにされるようなこともありませんから、安心して下さい。」

花村さんがそういうと、メリーさんはそうですね、といった。

「じゃあ、善は急げだ。精神科の予約を取ろう。手っ取り早く、影浦先生のところへ電話してみたらよいのでは?」

杉ちゃんがすぐにそういうことを言った。花村さんも同意して、蘭は影浦医院に電話した。翌日の一時に診察してもらうという予約ができた。その時間は蘭は予約が入っていたため、花村さんと杉ちゃんの付き添いで行ってみることにした。

翌日、影浦医院の前に一台のタクシーが止まった。ドアが開いて、杉ちゃんと花村さん、そしてメリーさんが、降りてきた。メリーさんはちょっとびくびくしている。三人は待合室に入って椅子にすわった。午後一番であったから、人はさほどいなかった。

「藤井寺メリーさん。」

と、看護師に呼ばれて、三人は診察室に入る。医師の影浦千代吉に向かって、花村さんが彼女の問題点を告げる。彼女の0歳の息子への育児放棄で、しっかり世話をしないこと、お箏のレッスンでシパキラという単語に過剰反応を示したこと。影浦も、丁寧に相槌を打ちながら、カルテにしっかり書き込んでいく。

そして彼女が、自分の名前、藤井寺メリーという名前と、日本に住んでいるときの記憶はあるが、出身国の名前も、その様子もまったく思い出せないということを話すと、

「わかりました。そういうことから判断すると、解離性健忘ですね。」

と、影浦は言った。花村さんがそれは何ですかと聞くと、

「はい。どうしても忘れたい大きな出来事があって、忘れようと思ってもできない場合、人間は自分の事や、自分の育ってきた場所などを、全部消し去ってしまうことが在るんです。時には、言葉も話せなくなることもある。これを解離性健忘と言います。事物を忘れようということは、日常では必要なんですけど、それがちゃんとできなかったということですね。多分忘れたくでも自分で忘れられないほどの大きな出来事が彼女にあったのでしょう。」

と、影浦は解説した。

「例えば、大地震があったとか、大きな台風が来て、家が流される瞬間を目撃したとか、そういう大きなことが彼女にあったということです。きっかけになる大きなことがつかめれば、治療はさほど難しくありません。其れさえわかればいいのですが、大体の患者さんは、そのきっかけが複数重なっていることが多く、思い出すのが非常に難しいんですよね。太平洋戦争の直後には、こういう患者さんは、良くおられたそうですが。」

「太平洋戦争ね。そんなの、七十五年も昔に終わっているじゃないか。」

と杉ちゃんが言うと、メリーさんが声をあげてワーッと泣き出してしまった。幸いそこが病院だったからよかったようなもの。一般的な所だったら、大変なことになっていたはずだ。すぐに影浦が注射を打ってくれて、看護師が処置室へ連れて行ってくれたから、助かったようなものである。

「彼女、太平洋戦争という言葉に反応しましたね。と、いうことではですよ。彼女にとって、戦争と言いうものがキーポイントになっているんじゃないでしょうか。」

「しかし、昔の戦争なら、もうとっくに終わっているじゃないか。」

花村さんがそう発言すると、杉ちゃんが口を出した。

「いいえ、それは日本だけの話です。諸外国には、まだまだ戦争をしている国家はいっぱいあります。シリアなんかが良い例でしょう。」

「でも、シリアという感じはしないじゃないか、彼女の顔を見ると。」

杉ちゃんの言う通り、メリーさんはアラブ人という顔付でもないし、風貌でもなかった。それは花村さんもわかる。

「先生、一寸来てくれますか?彼女、わけのわからない言葉をずっと話していて、通じないんですよ。」

看護師が、やってきて影浦に言った。影浦は、杉ちゃんと花村さんにも一緒に来てくれといった。二人は、影浦と一緒に、処置室に行った。影浦に対して彼女は一生懸命何か話しているが、その言葉は、英語でもなければ中国語でもなかった。看護師は一生懸命彼女の話を聞いているが、何を何を言っているのかわからず、困っている。

「ああ、多分、スペイン語ですね。おらという言葉を多用しているから。と、いうことはですよ。彼女はスペイン語を使用する国家から来たということになります。スペイン語を用いる国家で、最近まで戦争をしていた国家を調べれば、彼女の出身国がわかるかもしれません。」

「あともう一つ、シパキラという言葉がある場所だ。其れもはっきりしている。」

花村さんと杉ちゃんは、顔を見合わせていった。影浦が、

「そうですか、シパキラは、コロンビアのボゴタから、数十キロ離れたところにある都市です。そうなりますと、彼女はコロンビアの出身ということになりますね。」

といった。

「コロンビアだって?」

と杉ちゃんが言うと、

「ええそうです。戦争をしていたというところも合致します。コロンビアでは内戦が泥沼化していますからね。気軽に観光にも行けないと、聞いたことがありました。文化財が破壊されたりして、大変なことになっているとか。」

と、影浦は答えた。

「そうか、そういうことだったのか。もしかして、町が爆撃されたり、地上戦で戦ったりしているところを、彼女は目撃したのかもしれないな。」

と、杉ちゃんが言う。そうなると、彼女を救うには、戦争が終了してくれることが一番なのであるが、そんなこと、杉ちゃんたちにはできるはずもない。

「そうですね。シパキラも、平和な町ではありませんね。内戦で、かなり荒廃したと聞いてますよ。」

と、影浦が言う通り、シパキラの町は、コロンビアにある町だ。

「きっと、大規模な爆撃などに遭遇して、それで母国にいた時の記憶がないのだと思います。それしか理由は考えられませんね。僕も、年配の医者から、聞いたことが在りました。沖縄戦とか、広島や長崎での原爆に遭遇した人が、その時の記憶を消し去ってしまうことはよくあったようです。」

「で、影浦先生、彼女を助けるのはどうしたらいいんだ?」

と影浦の話に杉ちゃんが聞いた。

「そうですね、個人差はありますけれども、記憶を消し去ることに、もう一回トライしてもらわなければなりませんので、一人で何とかしようというのは、非常に難しいと思いますよ。ご家族の協力も悲痛用ですし、精神疾患全般に言えることなんですが、特効薬は同じ経験をした仲間がいることです。そういうひとを探しに行くのが、精神科の治療の醍醐味と言えるかもしれません。」

「だ、だけどよ。」

影浦がそういうと、杉ちゃんは変な顔をする。

「同じ経験をしたってことは、戦争を経験したやつを連れてくることだよな。日本にはそういうやつは、爺ちゃんばあちゃんばっかりだぜ。」

「まあ、そうなんですけどね。そうなるのならそうなるで、そういうひとを連れてくることが必要なんでしょう。私のお弟子さんに該当する人がいるかもしれません。ただ、戦争のことを、具体的にしゃべれる人となると、かなりの高齢のひとでないと、いけないとは思いますが。」

花村さんは腕組みをしていった。確かにそういうことになる。具体的に戦争の経験を語り合うのであれば、戦時中に小さな子供だったのではなく、ある程度年齢がいっている人でなければ、できない。

「それでも、彼女を助けるにはそうするしかないのなら、そうするしかないですよね。それなら、そういうひとを探しに行くしかないでしょう。こういうのも、戦争の被害でしょうからね。」

花村さんは、看護師に捕まえてもらいながら、気持ちを落ち着かせる薬を飲まさているメリーさんを見つめていった。

「本当はさ、戦争なんてしなけりゃいいのによ。人間なんでも比べっこするから、そういうことになるんだ。全くよ。人間、自分が正しいと思い込んでしまうのが好きな動物だもんで。」

杉ちゃんは哲学者みたいな話を始めた。

「そうですね、私の業界にもいっぱいいますよ。そういうひと、そしてそういうひとの、犠牲になってしまう人も。」

花村さんも一つため息をつく。

その間に、メリーさんは、やっと落ち着いてくれたようだ。話している言葉も、日本語に戻ってきた。すみませんすみませんと何度も頭を下げている。影浦たちが、謝らなくてもいいですよとメリーさんに優しく声をかけるが、メリーさんは、ごめんなさいを繰り返していた。

「よし、僕たちがすることも明確になったな。」

杉ちゃんと花村さんは顔を見合わせた。

ところが、花村さんが、自分の教室へ来ているお弟子さんの年齢を調べてみると、戦争のことを具体的に語れる年齢の人は、どこにもいなかった。戦争のことを語らせるのには、幼すぎるのだ。それに、しっかり語りたいという意思を持っている人が、いないのだ。みんな戦争は、いやな思い出だし、口に出して言いたくないというのが本音であった。そういうわけで、花村さんがメリーさんの援助をお願いしても、やってくれる人は、誰もいないのであった。

「杉ちゃんどうしたの。また相談って。」

蘭はお茶を入れながら、ぶすっとしている杉ちゃんに言った。

「ええ、彼女、メリーさんのことですよ。彼女がいきなりおかしくなったのは、コロンビアで行われた内戦に巻き込まれたことが原因とわかりました。それでその原因を語り合うような仲間が、どうしても必要ということになりましたが、そうしてくださる高齢の方が、私の周りにはいらっしゃらないのです。」

杉ちゃんの代わりに花村さんがいった。。

「其れなら、老人ホームとか、そういうところにいってみればいいじゃないか。そういうお年寄りがいるかもしれない。あ、待てよ。」

蘭はそういうことを言いながら、ある人物の顔が思い浮かんだ。確か、兄を戦争で亡くしたという木彫りの職人がいたような気がした。そのお母さんがまだ存命中だったはずでは?

「ちょっと待ってくれ。僕の知り合いに一人いるかもしれないから、電話してみるよ。」

蘭はすぐにスマートフォンを取った。

「あの、もしもし、後藤さんですか?後藤邦夫さんのお宅ですか?」

蘭がそういうと、幸か不幸か、電話に出たのは、なんとおばあさんだった。おばあさんは、邦夫なら、いま買い物に出かけましたよ、としっかりした口調で言った。多分、年齢を計算すると98歳だ。だって、息子さんを神風特攻隊で亡くしていると聞いたから。

「あのですね。僕は、伊能蘭というものです。芸名は彫たつです。邦夫さんが、僕のところへ、施術を依頼されたので、知り合いました。あの、お母さまですよね。どうしても、お願いしたいことがございまして。」

蘭はそういって、コロンビアの内戦の後遺症で苦しんでいる女性がいることを話した。彼女を助けるには、同じ体験をした人物が必要であることも話した。

「そういうわけですから、お願いしてもいいでしょうか。彼女は、日本国外の女性ではありますけれども、世界にはまだまだ戦争をしている国家というのは、たくさんあるものです。僕らだけが、戦争は終わって、二度と繰り返さないと誓いを立てたからって、効果はないんですよ。だから、おねがいです。彼女を慰めてやってくれますか?」

「そうねえ、、、。」

おばあさんは、蘭にそういうことを言われて、まだ迷っている口調である。それはそうだろう。息子を亡くした時のことが、他人を慰めるための道具になるなんて、信じられないと思う。

「残念ながら僕たちは彼女を慰めることはできません。でもこのままだと、文献でしか戦争を知ることができなくなってしまう時代になると思う。其れじゃいけない。やっぱり人間の口から語ってもらわないと。お願いできませんか。彼女を慰めてやってください。」

いつの間にか蘭の口調は真剣なものになっていた。花村さんも杉ちゃんも平常時の顔からかけ離れた顔をしている。電話だと、そういう思いが通じないのがもどかしいが、とにかく三人の思いが、おばあさんに伝わるように祈るしかなかった。

「わかりました。今日は当時であれば、玉音放送が流れた日でもあるから、やりますよ。」

とおばあさんは静かに言ってくれた。蘭がカレンダーを眺めると、今日は、8月15日だった。

話しは決まった。今日の午後一時に、おばあさんを迎えに行き、喫茶店で二人で話してもらうのだ。蘭は、タクシーを呼び出して、おばあさんの家に向かった。そして、玄関先で待っていた彼女を、タクシーに乗せて、喫茶店に向かう。一方、杉ちゃんと花村さんは、メリーさんの家に行き、メリーさんをタクシーに乗せて、喫茶店に向かった。杉ちゃんたちが、喫茶店に到着すると、蘭とおばあさんはすでに到着していた。

「ほら、あのおばあさんだ。あのおばあさんなら、お前さんがしてきた怖い思いを、わかってくれるからな。」

と、杉ちゃんが言うと、おばあさんは、メリーさんを静かに見つめた。そして、

「目の色も髪の色も違うけれど、私が、若かったころとそっくりです。」

と、にこやかに笑った。そして、あの時のことを話し始めた。戦争で、富士の町が大規模な空襲を受けて、怖い思いをしたこと、長男を神風特攻隊にとられて、なくしてしまったこと。そして、いつも食べるものがなくて、日本中が貧しかったこと。メリーさんはそれを真剣に聞いている。今度はメリーさんが話し始めた。内戦で、母と一緒に、村中を逃げまどったこと、いつ砲撃されるかわからず、家では音を立てないように暮らしていたこと。なぜか、二人は、70年以上年が離れているにも関わらず、話しが通じるのだった。メリーさんが、コロンビアのことを話してくれたのはありがたかったが、その話は全て戦争の話ばかりだった。おばあさんは、メリーさんの頭の中の金庫の扉を静かに開けてくれたのだ。でも、古いものを出さなければ新しいものは入らない。それは、必要なことだから、と言っても、また悲しいだろう。おばあさんはその気持ちもわかってくれたようである。その証拠に、話を聞いているおばあさんもまた、涙を流していた。

おばあさんは、戦争のことで泣きじゃくるメリーさんに、そっと語りかける。

「戦争は、人間だけしかしないのよ。それだけの事なのに。」



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シパキラの思い出 増田朋美 @masubuchi4996

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