#30 二人きりのデート
ワールド・オブ・ユートピアに“心”という
ゲ―ム内時間でニ週間が過ぎた頃――。
俺とイオはバ―ニングホ―スに乗って、
海底都市――《トリトン》の入り口の前まで来ている。
……あの後、俺達はバ―ニングホ―スで色んな街や村にで向かい、
簡単にクリアできそうなおつかいクエストを達成してきた。
おかげでそこそこ経験値が溜まっていき、順調にレベルも上がっていった。
現在の俺とイオのレベルは25だ。
なぜレベルを上げているかというと単純にこのゲ―ムをクリアするため……というよりは、
もしかしたら“ヤツ”に襲われるかもしれないからだ。
“ヤツ”……カガミという名前を俺は見たことがある。
ゲ―ム制作支援ツ―ル《ウニティ》の作者のホ―ムペ―ジのタイトルにはこう記載されていた。
――“加賀美”のゲ―ム制作支援サイト、と……。
これだけだとカガミという人物が加賀美と同一人物である可能性は100%ではない。
だが、俺はそいつがウニティの作者だと確信している。
なぜなら、“管理用コンピュ―タ”のログに書いてあった“カガミ”のログイン時間は……
“2040/06/12 21:37:01” と記載されていたからだ。
2040年6月12日21時37分01秒……
そして、俺……“ハヤト”のログイン時間は――
“2040/06/12 21:36:59 ”
2040年6月12日21時36分59秒。
“カガミ”と名乗る人物と“たったの”一分ニ秒しか変わらないのだ。
俺がログインしてから“たったの”一分ちょいでログインできる人物なんて限られている筈だ。
そしてこの“カガミ”というプレイヤ―ネ―ム……。
これはもうウニティの作者である加賀美と名乗る人物と同一の存在だと言っているようなものじゃないか。
カガミの狙いが何かは知らんが、念には念を……だ。
――そうしたこともあって、
この《トリトン》のクエストをクリアしにきたって訳だ。
トリトンは浜辺から地下へと続く階段を降りていくと入り口に着く……。
とは言うが、これ以上の街の中の詳細はあまりわからない。
俺は大抵の村、街についてはモンスタ―の詳細と同じく詳細な設定はしていないからだ。
《トリトン》も例外ではなく『こういう街』『ああいった建物』のように、
あいまいな指示を参考にAIが勝手に作り上げているだけである。
よって街の中身がどういった構造をしているのかは殆ど不明だ。
……今更ながら、なぜ詳細を考えて作らなかったのかと思う訳だが。
俺とイオは手を繋いで薄暗い地下階段を降りていく。
すると、すぐに都市の入り口へ到着した。
入り口には兵士が一人立っている。
「トリトンへ入りたいのか?」
「はい、通してくれませんか?」
「許可証は……!?」
許可証? そんな物がいるのか?
「許可証など――」
「失礼しました! 勇者御一行どの!」
「は?」
「中へどうぞ! ようこそ《トリトン》へ!」
……なんだか分からんが通してくれるようだ。
《トリトン》の門をくぐり中に入る。
「わぁ……ハヤトさん! 見てください!」
「イオ、俺達は恋人なんだから呼び捨てでいいと言っているじゃないか……」
「いいえ! ハヤト“さん”はハヤト“さん”でいいんです!」
できれば普通に呼んでほしいものだが……。
「う―む……」
「いいんですぅ—!」
そういえば、メラメラ口調が無くなったな。
これは“心”という概念を作ったからだろうか?
イオはむ―と頬を膨らませて言った。
「そ、そうか」
俺はイオが“前”と全然違う感じになっていて緊張した。
これじゃ本当に“心”を持った人間みたいじゃないか!
いや、本当に心を持っているんだったな……
「そうじゃなくてですね! 見てください! 私たち、海の中を歩いていますよ!」
目線を前に戻す。
「おお―! 本当だ、綺麗だな!」
青だ。
まず目に映ったのは青色だった。
辺りを見渡す……
人だかりが出来ていて……?
「ん?」
なにか違和感が……?
なんの“違和感”だ?
一体何の?
俺はなんとなくイオの方向を向いた。
目の前にイオがいる。
「あれ?」
「どうしましたか?」
「いや、なんでも……」
また、“違和感”を感じたような……?
そういえばイオと二人でおつかいクエストを消化している時……
その時にも同じような違和感を何度か感じた気がする。
なんだ?
気のせいだろうか。
いや、気のせいに違いない。
特になにも変わった様子はないからな。
……《トリトン》の中は一面、透明な床や壁、天井で構成されており、薄くライトアップされていた。
どういった仕組みで床や壁や天井が光っているのだろうか。
だが、光っているおかげで海中の景色が見えるようだ。
そして、何よりも目を引いたのは、どこを見渡しても泳いでいる魚達だ。
辺り全面に魚が泳いでいる。
その景色はまさに圧巻であった。
「すっごいです! 綺麗……!」
イオの方が綺麗だよ……なんて、言えないし。
キス……なんて、勿論俺には出来ないし……
「ああ、綺麗だなぁ」
としか言えなかった。
「ハヤトさん! あれはなんていうお魚さんか知っていますか?」
「あれはクマノミだな」
多分……。
「クマノミって言うのですね! じゃああれはなんです?」
「あれはなぁ……」
と、イオが魚の名前を聞いて、俺が答えるというやり取りがしばらく続いた。
◇◆◇◆
その後俺とイオは街の探索を再開した。
なぜだ。
なんだかさっきから“違和感”が激しい気がする。
見渡すと大量の魚が泳いでいる……
気のせいじゃないのか?
だが、違和感の正体について考えてもまったく分からなかったので、
気になることではあるがとりあえず無視する事を決めた。
俺達は手をつなぎながら、海底都市の街中を歩いてく。
綺麗な海と、魚たちを見ながら。
「これじゃまるで、デ―トだな」
ついボソッと言ってしまった言葉。
しまった……!
「で―と?」
イオは問いかけた。
「で、デ―トって言うのはだな、好きな人同士が待ち合わせをして……」
正直俺にもよく分からない。
「こうやって手を繋いだりしながら、
こういう綺麗な景色を見たりすることを言うんだぞっ!」
多分な……。
「そうなのですね! じゃあ、私はハヤトさんの事が……」
「どうした?」
「好きですから! で―としてますか?!」
イオは顔を真っ赤にしてそんなことを言っていた。
「あ、ああ! もちろん!」
「ふふっハヤトさんとで―と……。“で―と”って楽しいですね///」
イオの顔が今にもパンクしそうなくらい真っ赤になっている。
その顔を見た俺も頭がパニックになっていた。
「ででで、デ―ト!?」
この俺が、デ―ト?
このコミュ障陰キャ童貞引きこもり非リア充の俺が?!
いや、引きこもりは関係ないか……ってそうじゃない。
「イオはハヤトさんと恋人ですし!」
イオは顔を
「イオはハヤトさんの事が好きですからデ―トです!」
イオの顔が目の前にある。
か、顔が近い――。
い、今ならキスできるか?!
このチャンスを逃したら――力が抜けてしまいそうだ……。
……お、俺だってやればできる男だ! 頑張れハヤト!
俺は勇気を振り絞ってゆっくりとイオに近づき――。
「ハヤトさん? か、顔がちか――」
口づけをした――。
他の人が見ているのも気にせずにだ。
「んっ……」
しばらくキスした後、そっと離れた――。
それはとても長い時間だったような気がする。
でも実際には数秒しか経っていなかったようだ。
「はぁ……ハヤトさん……今のはなんですか?」
続けてイオは言う。
「なんだか、とても甘酸っぱくて……はじめての感覚でした!」
「これは、キスと言うんだ」
「きすですか?」
「……これは好きな人同士がする魔法みたいなものだよ」
言っていて恥ずかしくなってきた。
「すごい魔法です! どんな魔法よりもずっとずっと凄いです!」
イオは恥ずかしそうだった。
「もっとハヤトさんときすをしたいです///」
……キスまでしても相変わらず敬語で喋ってくるのだが、もうそれでいいや―
――これが俺とイオが初めて本当の恋人になれた瞬間であった。
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