モーニングルーティン

 この家に来て学んだことは、もうひとつある。


 それというのも、時雨さんとしずくちゃんは洋食が好きだということだ。


 特に、しずくちゃん。若いうちは和食より洋食が魅力的に映るというのは、私にも覚えがある。


 そこで、翌日の食事はサンドイッチとじゃがいもの冷製ヴィシソワーズ、それから酢キャベツと桜エビのサラダを作った。つけ合わせはソーセージとチーズで、ちょっぴりドイツ風ブランチをイメージしていたりする。


 ヴィシソワーズは意外とお手軽なスープで、作り方はとても簡単なので忙しい朝にもぴったりだ。


 まずスライスした玉ねぎをバターで炒め、カットしたジャガイモを加えて一度火を通す。

 次に、水を足して茹でた後に、ミキサーに移して牛乳と一緒に攪拌する。最後にコンソメを加えて、塩で味を調えたら完成だ。


 サンドイッチはサーモンと抹茶の彩りクリームチーズサンドを選んだ。


 パンの片面にバターを塗って、トーストしている間にクリームチーズとお湯で軽く溶いた抹茶を混ぜてクリームにする。


 焼きあがったパンに抹茶クリームを塗ったら、ヴィシソワーズを作る際に一緒にスライスしておいた新たまねぎとトマト、千切ったレタスとスモークサーモンを挟んで出来上がり。


「わっ」


 お皿を並べていた私は、ふと背後に気配を感じて振り返った。

 そして、すぐそこに立っていた時雨さんに飛び上がる。


「お、おはようございます」

「……おはようございます」


 彼の視線は、まっすぐサンドイッチに注がれていた。


 具体的にいうのなら、ある日突然、和室の畳からキノコが生えてきたことに気づいてしまったような、訝しげなまなざしだ。惜しみなくそんな視線をサンドイッチに注いだまま、時雨さんがゆるりと唇を開く。


「この緑色は……」


 カビでは――とでも言いたげな目だ。そんな、横暴上司に疲れて陰湿な嫌がらせに手を染めた部下のようなことはしない。


「抹茶クリームです」

「……抹茶?」

「意外と合うんですよ。ちょっと味見してみてください」


 私は切り落とした端っこの部分を時雨さんに手渡す。


 彼はほんの一瞬ためらうそぶりを見せた後、ぱくりとサンドイッチを飲み込んだ。その目が、丸くなる。


「……おいしいですね」

「でしょう? 私も好きなんです。それに、抹茶って茶葉を残したりしないから、その分、普通のお茶と違って栄養がまるっと取れてお得なんですよ。まあ、茶葉も食べようと思えば食べられますけど」

「貴女、お茶が好きなんですね」

「……たしかに、言われてみたら好きかもしれません。日本茶インストラクターとか目指せばよかったですね。ちなみに今朝のサンドイッチは緑茶と一緒に食べるのがおすすめですけど、どうですか?」

「では、緑茶を」


 時雨さんの配膳を済ませ、私はしずくちゃん用のお弁当箱にもサンドイッチやソーセージを詰めた。最後にスープジャーにヴィシソワーズを注いで、蓋を閉める。後は手ぬぐいに包んでテーブルにセットしておくだけでいい。


 六時半ごろ、ダイニングに飛び込んできたしずくちゃんが「朝練遅刻しちゃう! もっと早く起こしてよぉ!」と叫びながら、お弁当箱をガシッとつかんで走り去った。


「しずく、挨拶! ……まったく、聞いちゃいませんね」


 時雨さんがぼやく。こんな光景が、毎朝のルーティーンになりつつある私。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る