鎌倉小町ろまんてぃゐく

梅本梅

はじまり

 季節は、桜咲く春である。天気は快晴、日当たりで微睡みたい昼下がり。


「——失礼ですが、貴女は女性で?」


 かけられたのは、思いがけず柔らかな響きの声だ。質問内容には似つかわしくないほど、穏やかで耳に馴染むテノールの声音。それは、たとえるなら秋風のようだった。


 季節外れには違いないけど、そんな風に――夏に置き去りにされた蝉の鳴き声が入り混じる金風を思わせる声で、言葉どおりに失礼な疑問を口にした彼は、一言でいうのなら美しい人だった。


 黒く細い髪は、日に焼けていない白い額をヴェールのように隠している。


 前髪が作る影の下で長い睫毛に縁どられた、黒曜石を砕いて溶かし込んだような切れ長の瞳も。すっきりととおった鼻筋も。薄い唇も。彼を形作るすべてはあまりに整いすぎていて、いっそ作られた人形にも見えた。


 今時珍しく、紺色の着物を着流しにしているところも俗世離れしている雰囲気を感じた一因かもしれない。


 たっぷりと惜しげもなく私に注がれた訝しげなまなざしだけが、彼が人形ではなく、意志を持つ人間だということを物語っていた。

 それにしても、と私は思う。


(失礼ですが、って前置きしてホントに失礼なこと言う人初めて見たな……)


 生憎、私は正真正銘の女だ。それは、一目見ればわかってもらえると思う。服装も髪型もユニセックスと言い難い。


 とはいえ、まあ、そんな誤解は些事だ。……些事だということにしておきたい。


 純粋な疑問にしろ、嫌味にしろ、ずいぶんと含みのある言葉をくれたこの男が今日から私の雇い主になる。

 それに比べたら、本当にちっぽけなことだから。


(なぜこんなことに)


 私はすでに幾度となく繰り返した問いかけを胸の内で繰り返し、事の顛末を思い返してみた――。

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