1.11

 駅を出た二人が向かったのは、花島高校から歩いて10分もしない場所にある全国チェーンのファミレスだった。手頃な価格と量で学生御用達で、草閒も中村たち友人と何度か訪れたことがある。


「いらっしゃいませー! 何名さまですか?」


 中に入れば店員がすぐさま客の来店に気がつき寄ってくる。二人だと答えると、窓際の禁煙席に通された。メニューを置くと店員はすぐに他のテーブルのオーダーを取りに行った。水は各テーブルに置かれたピッチャーで注ぐセルフサービスなっている。

 草閒は、二人分の水を入れた。


「ありがとうございます。それで先輩は何にします?」


 穂坂はそう言ってメニューを草閒に手渡した。受け取りパラパラとページをめくり、ざっと目を通す。何度かそれを繰り返すと、初めの方のページに大きな写真と共に「当店のおすすめ」とデカデカと主張するハンバーグ定食が目に留まった。他に食べたいモノもなく、草閒はそれに決めた。

 メニューが決まったのを見ると、穂坂が呼び鈴を押した。彼女はすでにメニューを決めていたようだった。呼び鈴の音を聞きつけて店員がオーダーを取りに来る。

 それから注文を済ませてメニューをテーブルの脇に片付けていると、穂坂が言った。


「今日はありがとうございます。休みの日なのに、わざわざ私のために時間を作ってもらって」

「そんな大げさな。家にいてもやることがあるわけでもなかったし、そこまでのことじゃないよ」


 草閒は水を一口飲む。飲みながら、ちらりと窓の外を見る。駐車場は車の出入りが盛んだった。時刻は1時半近く。昼を終えそろそろ客足が遠のく時間帯だ。店内を見れば人の数もまばらだった。

 コップをテーブルに戻すと、草閒が言った。


「――それで、用ってのはいったい?」


 土曜にこうやって人を呼び出すということは、何かそれなりの訳があるはずだ。そう思ったから、前日の夜、草閒は一体穂坂が自分にどんな用件があるのかと考えてしまいなかなか寝付くことが出来なかった。


「?」


 しかし、穂坂は首を傾げたのみだった。

 何を言っているのかわからない。彼女の表情はそう語り、頭上に疑問符が浮かべていた。


「なにか用があったんじゃないのか? 月曜にそんなことを言ってただろ」

「私そんなこと言いましたっけ?」

「え、言っただろ。話がしたいって」

「はい。言いました、草閒先輩とお話がしたいって」

「ああ、だよな。俺の聞き間違いじゃなかった。――で、その話ってのは?」


 再び穂坂が首を傾げる。わざと話が分からないフリをしてとぼけているのかとも思ったが、彼女は本当に草閒が何を言っているのか見当が付かないといった様子。

 そこで草閒は気がついた。


「もしかして……話がしたいっていうのは、ただ話をするってことなのか?」

「はい。そうですけど?」


 他に何かありますか、穂坂はそう言って首を傾げた。

 草閒は全身の力を抜き、二人掛けの椅子に身体を預ける。昨日深夜三時まで一体どんな用件なのだろうかとあれやこれや想像を巡らせていた自分が馬鹿らしく思えた。


「なんだ、俺はてっきり……」

「てっきり?」

「あ、いやなんでもない。ただの独り言だから」


 それから草閒達のテーブルに注文の品が運ばれてきた。草閒の前にはハンバーグ定食が、穂坂の前には海老フライ定食が並んだ。二人は手を合わせ「いただきます」と、食事に手を付けた。


「――それで何を話せばいいんだ? 悪いけど、面白い話なんて出来る自身はないぞ」


 食事が終わり、店員が空になった皿を下げた。草閒はコップに残っていた水を飲み干すとそう言った。改まって話をしたいと言われても、相手を楽しませられるようなものなど持ち合わせていない。すると穂坂は、


「私は先輩と面白い話がしたいわけじゃありませんよ。ただ普通に話が出来ればそれでいいんです。普通でいいんです。面白くもなんともない、普通の話ができればいいんです」

「普通って言われても……なかなかむずかしいな。話すことなんて相手によって変わるし……」

「確かにそうですね」


 穂坂は笑った。


「それじゃあ私が聞きたいことを色々と質問します。先輩はそれに答えてください。それならどうですか?」

「それなら」と草閒は首を縦に振った。


「じゃあまずは……先輩の趣味は何ですか? いつも家に居るときは、何をしてるんですか?」

「そうだな……ゲームをしたり漫画を読んだりテレビを見たり、誰でもするようなことばっかりだ。自分で言っても普通のことばかりだな」

「ふふっ、本当ですね。……好きな教科はありますか?」


 穂坂が2つ目の質問をした。草閒はそれに答える。


「しいて言うなら数学、かな。得意って訳じゃないけど、考えてみてその通りに問題が解けると少し嬉しいから」

「あ、なんとなく分かります。なんだか『やってやったぞ』ていう気になりますよね」

「数学が好きなのか?」

「あ、いえ。私は英語です」

「そうか」

「じゃあ次は……兄妹はいますか?」

「いない。一人っ子だ」

「それじゃあ、もし兄妹が居たとしたら、姉妹兄弟のどれが一番良いと思いますか?」

「えーそうだな……うーん、兄かな。趣味が合えば色々兄妹間で物の貸し借りとか出来そうだし。穂坂はいるのか? 兄妹」

「はい。弟が」

「へぇ。だからか」


 穂坂に弟がいると聞いて、草閒は妙に納得したように言った。


「?」

「ほら、スポーツ祭のとき。あのとき何だか妙に手慣れてる気がしてさ。もしかしたらよくそういったことをしてるんじゃないかって思って」

「ああ、そうですね。言われてみれば。……やんちゃな弟で、小学生なんですけど、よく無茶な遊びをして鼻血を垂らしながら帰ってくるんですよ。それでいつも私が面倒見てて。きっとそのせいですね」

「あのときはなんだか年下って感じがしなかった。有無を言わせないっていうか、姉の気迫があったな」

「――それ、褒めてますか?」



 その後も二人はとりとめもない話を続けた。最近見たテレビ番組や読んだ本、気になったニュースの話など、広く浅く話を広げた。話をしているうちに二人の間に笑い声が多くなった。当初あった緊張感のような硬さはすっかり消えていた。


 しゃべり続け、渇いた喉を乾かそうとコップを手に取り、腕に感じる重さからコップが空になってしまっていることに気が付く。一度注ぎ直したはずだが、いつの間にかにそれも飲み干してしまっていた。

 店内の人数も、入ったときと比べてだいぶその数を減らしていた。

 時計を見ると、短針が三時に指そうかという時間だった。。


「あ、もう二時間も経ってる……」


 時計を見た穂坂が言った。


「すみません、二時間もながながと」

「いや気にしてないよ。最初にも言ったけど予定があるわけでもないから。……それに、穂坂といろいろな話ができて楽しかった」

「本当ですか?」

「ああ」


 草閒は背もたれに背中をあずけ、腕を上に向けいっぱいに伸ばす。穂坂との会話を楽しんだのは事実だが、二時間も座りっぱなしだと流石に身体を動かしたくなる。

 そろそろ店を出ようと、草閒は店員が置いていった伝票を手に取った。


 その一方で、穂坂は窓の外を見やった。何か大切なことを考えるかのような、思案気な顔で窓の外の国道を走る車をぼんやりと眺めていた。

 そして、「じゃあそろそろ……」と、店を出ようと草閒が声を掛けたところで穂坂は顔を正面に向け、席を立とうと腰を浮かせかける草閒に、言った。


「先輩、私と付き合ってくれませんか?」

「……は?」


 草閒は驚きのあまり、浮かしかけていた腰を再び座席に落とした。

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