1.7

 奮戦の結果、草閒たちE組は総合優勝を果たした。

 あの三年生が言った通り、皆で協力して勝利を勝ち取るというのは悪いものではなかった。学年関係無しにE組のみんなが勝利の喜びを分かち合う。他のチームにも草閒が鼻血を出してまで姫を守ったと伝わっていたらしく、同じクラスの男子が寄ってたかってそのことをからかった。嫌な気はしなかった。


 それから閉会式が行われ、2日に及んだスポーツ祭も終わりを告げた。

 始まる前は「新学期早々どうしてこんなことを」と思ったが、それは新しい環境に皆が馴染めるようにとの学校側の思惑があったのかもしれない。そうだとしたらなかなか上手くいったのではないかと、帰りのHRの最中、そんなことを草閒は思った。

 この日は部活動も無いらしくHRが終わると皆いつもより早く教室を出て行く。草閒も、中村と一緒に教室を出た。

 校門を出て二人は並び立って歩く。二人の家はともに同じ住宅街の中にあった。歩きながらこの二日間の感想を二人で言い合っていると、思い出したように中村が言い出した。


「――あ、そうだ。昨日の話覚えてるか? 最初の試合が始まる前に俺が話した……」

「昨日?」


 草閒は昨日の記憶を掘り返す。


「……ああ、あの雨の話か」

「そう、それそれ」

「たしか……梅雨は神様のしわざ、とかって言ってたな」


 思い出し、同時にその時の感情も蘇ってくる。


「お前、本気でそんなこと信じてるのか?」

「まさか」


 草閒の心配するような声に、中村はあっさりとそう答えた。本気で友人の頭を心配していた草閒はあっけに取られた。そしてホッとした。


「なんだよ、昨日はあんなこと言ってたくせに」


 草閒は笑いながら、中村の肩を叩いた。


「やっぱり馬鹿らしいって気がついたか」

「いや。信じるかどうかじゃなくて、事実としてそういった話が伝わってるってことが大事なんだ。俺個人としては信じられなくても、昔の人が信じ、残した伝承や記録は信じるに値する」


 中村は真剣な顔でそう言った。


「なんだそれ。自分では信じてないのに、そんなことを調べてるのか? なんのために?」

「さあ、なんでだろうな」


 草閒の疑問に、中村は答えなかった。

 二人の目の前で歩行者信号が赤に変わる。二人は足を止めた。


「まあ俺のことはいいだろ。それより、俺の話を聞いてくれよ」


 そう言って中村は昨日の話の続きを始めた。


「ここから少し離れたところに、ちょっとした山があるだろ?」


「ああ、あそこか」


 草閒は言われてすぐにどこのことを言っているのか思い当たった。


 中村が言う山とは、学校や草閒の家がある住宅街から歩いて30分ほどの場所に位置する、標高にして100メートルにも満たない、山と呼ぶには随分と小さい高所のことだった。

 市の中心から外れ、住宅街の外に広がる田園地帯を抜けた先に位置しており、用がなければ誰も近づかないような場所。その存在を草閒は昔から知っていたが、人里離れたところにあってなんだから近寄りがたい雰囲気を放っていたこともあり、草閒は実際にその山の上に行ったことはなかった。


「実はな、あの山の上には神社が建ってるんだ」


「神社が?」


 草閒は驚いた。


「あの山の上に神社があるなんて聞いたことないぞ」

「俺も父さんから教えてもらうまで知らなかった」


 信号が青に変わった。二人は横断歩道を渡る。


「で、その神社なんだけど、そこで毎年雨乞いの儀式が行われてるんだ」

「雨乞いの儀式?」


 草閒が聞き返す。儀式とはなんだか物騒じゃないか。


「ああ、雨を乞う儀式。それがこんな身近なところで行われてたんだ」

「それは珍しいのか?」

「いや、雨乞い自体は全国各地で行われるていて珍しさはない。けど、ここのは異質なんだよ。他の雨乞いと比べて」

「異質? 何が違うんだ? そもそも普通が分からないんだが」


 草閒が言うと、中村は得意げに話し始めた。


「雨乞いは普通、『祭』という体裁を取って、地域を挙げて大々的に行われるのが常でね。神様ってのはどうもお祭り事が好きらしいんだよ。――天岩戸の神話は知ってるか?」

「いいや」


 中村は少し呆れ気味に言った。


「そうか、結構有名な話だと思うんだけど。……簡単に言うと、太陽神が天岩戸っていう洞窟に引きこもっちゃって、出てきてもらうために外でお祭り騒ぎをしてそこから誘い出すって話なんだけど。そこでも言われているように、神様ってのは基本楽しいことが好きなんだ。だから、水の神に雨を乞う『雨乞い』も、祭って形をとって大々的に行うんだよ」

「へぇ」


 草閒は感心するように頷いた。


「その話が本当なら、雨乞いをやってるはずなのに、この付近に住んでる俺たちが知らないってのは確かに変だな」

「だろ? 普通だったら地域の恒例行事になっててもおかしくはない。それに、ここらは県内でも有数の田園地帯だ。それこそ大々的にやるべきなのに」


 草閒は考える。そして言う。


「祭が嫌いな神なんじゃないか? 陰気な神が居てもおかしくはないだろ」

「うーん、どうだろう。何事も例外がつきものだからその可能性もなくはないけど……」


 中村はぶつぶつと草閒に聞き取れない声で何かを言って考え込んだ。何か考えているのだろう。邪魔しては悪いと少しの間その様子を見守っていると、


「――そうだ。草閒、お前も一緒に来ないか? その雨乞いの儀式が、実は来週の日曜にあるんだ」


 はっと顔を上げると、出し抜けに中村が言った。だが草閒は、


「いや、やめとくよ。見に行っても何も分からないだろうし、それに地味な儀式なんだろ? 行っても楽しくなさそうだからな」


 そう言って、中村の誘いを断った。せっかくの日曜日に、さして興味も無い陰気くさそうな祭を見に行くような趣味はない。


「まあそうだよな」


 中村は笑った。


「そう言うだろうと思ったよ」

「悪いな」

「いいよ」


 それから二人はまた話題を変えて話を続けた。少しも歩かないうちに住宅街にさしかかり、中村の家の前まで来ると二人は別れた。

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