1.4

 午前の試合を終えた時点での、草閒たちE組第2チームの戦績はなかなかのものだった。


 戦力的には他のチームと大差はないが、チーム全体の士気の高さが他と違った。他チームはどこも三人の王様を運動部の男子で固め、王様単体での生存率を上げようとしていたが、彼らはなまじ運動が出来るせいかチームメイトに「ああしろ、こうしろ」と口出しをするせいでチーム全体として士気が盛り下がっていた。その結果、チームメイトは王様を守ろうとせず、戦績は振るわないものだった。

 一方、草間たち第2チームは、二人の姫を擁したことで男たちは少しでもいいところを見せようと率先して姫を守ろうとし、それがチームを勝利へと導いていた。


「このままいけば全勝も夢じゃないんじゃないか?」


 昼休憩が終わり、午後の試合の最中。姫を守る肉壁となりながら、中村がそのとなりで同じく壁の一部となっている草間に向かって言った。

 休憩を挟んだせいか、それともこれまで負けなしという慢心からなのか、チームの動きには油断が見え隠れしていた。守りながらも口を動かし、試合に集中しているとは言い難い。その結果、鉄壁と思われたチームの陣形には次第に穴が生じ始めていた。また、相手チームも午前の反省を生かして連携を強化してきていた。


 相手チームは姫を守る壁を崩すべく、外野と内野とで素早くボール回して草閒たちを翻弄する。右側にボールが移れば壁はそちらを厚くする。左にボールが移れば今度は左に人が流れて壁を厚くする。そんなことを繰り返しているうちに、姫を守る人の壁に決定的な綻びが生じた。

 壁を構成していた一人が脚をもつらせて前に倒れた。そして、それに押されて数人がバランスを崩す。相手はその瞬間を見逃さなかった。


 相手チームの前衛、野球部の坊主頭が崩れた壁の隙間めがけて全力でボールを投げた。さすがは野球部と言うべきか、投げたボールは狙いを外さず壁の隙間めがけてまっすぐと、壁の中の稲田たちへ向かって飛んでいく。彼女たちがそのボールをキャッチすることは不可能だろう。


 突然の事に誰もが反応できていない。皆、倒れたチームメイトの方を見て、稲田たちの危機に気がついていなかった。だが、その中で一人、草間だけは飛んでくるボールに反応することができた。

 試合の最中だというのについつい壁の中で守られる稲田に視線投げていた草間は、誰よりも早く彼女の危険を察知する。咄嗟に脚が動き、草間は稲田とボールとの間に身を滑らせた。そして向かってくるボールを捕球しようとするが、それは叶わず。稲田を守るだけで精一杯の草間は飛んでくるボールを顔面で受け止めた。

 ボールは草閒の顔にあたり、そして相手側のコートへと跳ね返っていった。


「――顔面セーフです」


 審判が言った。草間は後ろを振り返る。

 稲田は無事だった。

 そして身体が熱くなる。格好悪いところを見せた羞恥で身体が熱かった。顔から火が出そうだ。それから草閒の顔を見て、稲田が言った。


「あ、血が……」

「血?」


 右手で鼻の下を触る。ヌメッとした感触。見ると、鼻下を触った右手には赤黒い血がついていた。周りも草閒が鼻血を出していることに気がつき、試合は一時中断された。


「大したことないって。ただの鼻血だから放っておけばすぐに止まるから」

 

 たかが鼻血くらいでそこまで心配されるのが恥ずかしく、強がってみせた。草閒の鼻から出た血が顎を伝う。

 草閒は審判に試合を再開させるように言うと、稲田の横にいた栗色髪をした一年生が、「わたしが先輩のことを保健室に連れて行きます」と言い出した。彼女は草間の手を取って保健室に向かおうとする。


 鼻血を出しただけで恥ずかしいのに、後輩の女の子に付き添われて保健室に行くなんて我慢ならない。


「ただの鼻血だから保健室にいくようなことじゃ――」


 草間は彼女の申し出を断ろうとするが、彼女は周りを見渡して、


「そこのあなた、わたしの代わりに王様をお願いします!」


 と中村を代役に指名した。


「え、俺?」


「はい。よろしくおねがいします! ほら、行きましょう先輩。あ、上は向いちゃ駄目です。下を向いたままでいてください」


 彼女は草間の腕を掴むと保健室へと向かって歩き始める。草間は彼女の好意を、その手を振り払うことができず、手を引かれるまま彼女に付き従った。

 それからすぐに、王様役は中村に引き継がれて試合は再開された。

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