1.3

 スポーツ祭の二日目にして、最終日。


 関東地方は今日も一日中晴れだと、テレビの中で気象予報士が言っていた。

 家を出ると朝の眩い陽射しが草間を出迎える。まだ光に慣れない寝起き眼を手でかばい、朝の空気を肺に取り込んだ。


 草間の家から学校までは歩いて二十分弱。中途半端な距離のせいで、自転車通学の許可は下りていなかった。学校の駐輪場に余裕がないらしい。

 通い慣れた道を歩けば、花園高校の校舎が見えてくる。


 この日の朝も教室に集まり出欠を取り終わると、教室を出る担任と入れ替わりでスポーツ祭の運営委員が教室に入って来た。そして言った。


「二年E組のみなさん、おはようございます。本日、スポーツ祭の二日目は学年合同のクラス対抗王様ドッジボールが行われます。E組の皆さんはセミナーハウスに集合してください。1年、3年のE組の生徒たちも集まっていますので、お早めにお願いします」


 委員は言い終わり頭を下げると、早足で教室を出て行く。他の教室にも同じ事を伝えに行ったようだ。

 それから二年E組の生徒たちはぞろぞろと教室を出て行く。草間も、中村と一緒に教室を出た。


 セミナーハウスに着くと、すでに他の学年のE組の生徒は集まっていて、中は人で賑わっていた。全員ではないが、人が大体集まったと見ると委員がこの後の説明を始めた。長々とした説明が終わると、委員が黒板に三枚の紙を貼り付けた。紙にはそれぞれ「E組連合その1」「その2」「その3」と書かれていて、その下には生徒の名前がずらっと書き連ねられていた。


「俺たちは二人とも2つ目のチームみたいだ」


 黒板に貼られた紙を見た中村が言った。

 みんなが自分のチームの確認を済ませて近くの友人達と会話しながらまごついていると、「チーム毎に集まろう」と誰かが言い出した。その声の主はそれからあれことれと皆に指示を出し、各チームはセミナーハウス内のそれぞれの場所に集まることになった。草間は中村と共に第二チームの集まりに加わる。


「みんな、聞いてくれ!」


 第二チームのメンバーが揃ったのを確認すると、一人の男が突然に言い出した。集まった第二チームの面々は友人との話を止め、「いったいなんだ?」とその男を見る。


「僕たち三年生にとって、これが高校最後のスポーツ祭だ。そして最後だから、勝って終わりたいと思っている。だけど、今日の王様ドッジは他学年が入り交じった団体戦だ。僕たち三年だけの力で勝てるものじゃないんだ」


 男は言いながら前に歩み出る。自分がそうするのが当たり前だというような動きだ。他の人々は自然と男に場所を譲り、男を取り囲む円のような形になった。周囲を囲まれて男は一度ぐるっと周りを見渡した。そして続ける。


「だから、ぜひみんなの力を貸して欲しいんだ。僕たち皆で勝利するために! ……皆の中にはスポーツ祭なんてどうでもいいと思っている人もいるかもしれない。ただ学校の行事だから参加しているだけで結果はどうでもいいと。たぶん、そう思っている人の方が多いだろう」


 男はそこで一度言葉を句切って、もう一度周りを見渡す。

 その時、たまたま男を見ていた草閒は目を合わせてしまう。草閒はつい目をそらす。なんだか自分の事を言われているようで、少し居心地が悪い。


「別にそのことについてとやかく言うつもりじゃない。僕も去年や一昨年はそう思っていたからね。でも、どう思おうとやらなくちゃいけないことに変わりはないんだ。やる気はなくてもやらなくちゃいけない。そういう事ってあるだろう? 

 じゃあそういうときにどうするか。手を抜いてなあなあで済ませるのも、まあ選択の一つだ。それが一番楽で簡単だからね。ただ時間が過ぎるのを待っていればいいんだ。でも、それじゃ面白くない」


 だんだん熱が入ってきたのか、男の声はしだいに大きくなっていく。


「何事も気持ちの持ちようだと思うんだ。つまらないと思えることも、ちょっと真面目に取り組んで見れば案外面白いものだと思えるかもしれない。つまらないと思うのは自分がそう思っているからなんだよ! わかるだろ? このスポーツ祭も同じさ! スポーツにおいて楽しいのは全力で楽しんだ時と、試合に勝ったときだ。そして全力で楽しんで試合に勝てばそれはもう最高だ。やりたいかやりたくないかは別として、皆もわざわざ負けたくはないだろう? せっかくやるなら勝ちたいだろう?」


 男の声に答える声はない。けれど、集まった人達は互いに「そりゃあ、まあ負けたくはないけど」「勝ちか負けかで聞かれたら、勝ちの方がいいけどさ」と小声でささやきあっている。男の耳にもそれが聞こえたのか、満足そうに頷く。


「だよな。やるからには勝ちの方がいいよな。でも、勝ちにこだわるのはよくない。勝利を目的にするのはよくない。これは祭りなんだから楽しめればいいんだよ。

 それで、せっかく三学年が協力集まって行うんだから、僕たち第二チームの王様は各学年から一人ずつ選ぼうと思うんだけど、どうだろう? その方が一体感が生まれると思うんだ」


 男の提案に反対する声はなかった。


「よかった! それで僕たち三年生の王様、いや、姫様はもう決まっているんだ!」


 そう言って男は、他の三年生が集まっている方を向いて誰かを呼んだ。それから三年生の集団の中から一人の女性徒がおずおずと姿を現した。草間はその女性徒を見て、目を見張った。


「紹介しよう! 彼女こそ、僕たち三年E組が姫!」


「…………稲田姫乃です。このたびは宜しく御願いします」


 男の紹介を受け、横に立つ稲田姫乃は小さく頭を下げた。

 稲田と名乗ったその女性徒こそが、昨日草間が体育館で一目惚れをしたその人だった。

 稲田はゆっくりと、下げた頭を上げた。男の気取った紹介のせいか、稲田の顔は少し赤みを帯びていた。それから稲田は伏し目がちのまますっと身を退き、人の影に隠れてしまった。稲田が草閒に気がつく事はなかった。


 その後、二年からはじゃんけんで負けた男子生徒が王様として選ばれた。女子たちは「恥ずかしいから」と姫役になることを固辞した。一年生の女子たちも姫役に選ばれることを拒否して、男子たちもなかなかじゃんけんをしようとせずにいると、栗色の髪をした一年生の女性徒が「誰もやりたくないのなら」と自ら姫役をかって出た。


 こうしてE組の第二チームは、一人の王様と二人の姫、あとはそれらを守る大勢という構成になった。ぼちぼち他のチームも王様役が決まったようで、それから彼らは試合が行われる場所へと移動を開始した。

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