【掌編】夏のお盆にはスイカを食べる

朶骸なくす

夏のお盆にはスイカを食べる

 父ちゃんの実家に行けばジジイとババアが待っている。

 いつも丸々としたスイカを食べるのが恒例だ。

 ジジイとババアは、いつも俺たちが食べれるように切っておくから、まずは一玉食べておく。今年の夏のスイカは甘くていい。塩をかけずに食べれるほどに半月に切られた一個目のスイカは美味しかった。

 そうして「まんぷく、まんぷく」と兄貴が言う。縁側に座っていて暑くないのだろうか。燦々と降り注ぐ太陽の熱と、その熱を吸い込んだ大地が上から下からと体を焼く。

 父ちゃんと母ちゃんは仏壇に手を合わせてからジジイとババアの話に相槌を打ちながら話している。ジジイが近所に越してきた若夫婦の話をしていた。なんでも田舎暮らしをしたくて来たらしい。

 テレワークなる仕事をしながら畑仕事が辛くなってきたジジイとババアの手伝いをしてくれると言う。

「若いもんは畑仕事にゃ興味ないってテレビでやってたあけど、あれぇはいい子らだよ」

「よかったですねえ、お母さん」

「朝ぁ早いってのにさ、ちゃあんと起きてくるだ。ほん、いい子たちだわ」

「俺が引き継がなかったからって嫌味かよ、親父」

 ジジイとババアの話は長くて仕方がない。俺は仏間に寝転んで井草の匂いを嗅ぎながら天井を見た。この平屋は、親父が農業を継げばリフォームをして二階建てにし、俺と兄貴も住めるようにする予定だったらしいが、東京の会社でイイ位置に(部長だっけ? 課長だっけ?)ついた親父が貯金とか俺らの進学とかでジジイに「継げない」と一言を告げた。

 最初は喧嘩になったらしいけれど、ババアと母ちゃんが間に入って、まあ、テレビとかでやる後継ぎ問題なんちゃらを見ていたから最終的にジジイが折れた。

 その代わりに金が貯まったら高齢者向けのリフォームすること、夏のお盆には絶対に帰ってくること、ジジイとババアが死んだら家を貸家にして時期が来たら俺たちの財産にすること。

 注文が多かったけれど、二人から見たら息子より孫なんだろう。兄貴は田舎にある貸家は需要高いぞ! なんて言っていたけれど、俺はジジイとババアがずっと昔から住んでいた家だし、ご先祖様とか、そういう、なんていうか、この家はジジイとババアのもんって感じだから取り壊して土地を売っちゃう方がいいと思っている。

 木目を見ながら、居間から聞こえる声と暑いってのに昼寝をし始めた兄貴に手持無沙汰な俺。

「そんでねえ、ナツキさんがね、今日は暑いから夕方にお墓参りした方がいいって」

「ああ、今年も暑いですし、熱中症が怖いですもんね」

「親父もお袋も気を付けてくれよ、歳なんだし」

「わかってらあ、テレビでも暑い暑いいってらあ」

 夕方かあ、まあ、その方がいいや。涼しいだろうし、二回目のスイカは夕食後でお楽しみみたいで美味しく感じるだろうし、あと少し待てばいいやあ。それにしても扇風機の風がこっちにもこないなあって見たら居間に向けられていた。

 まあ、そうだろな。

「兄貴ー。まだ寝てんのー」と声を伸ばすと「あー」なんてアホな声が聞こえた。マジで暑くないのかよ。

 そうそうしている内に門扉の前に、多分、噂の若夫婦なる二人が立っていた。

「ごめんくださーい、ナツキですー」

 見やると父ちゃんと母ちゃんより若い、ぐらいか男の方が玄関に向けて声を出していた。庭からは丸見えだ。兄貴も俺も起き上がって「おー」って感じに声を出した。

「あらあら、あのお二人がナツキさん?」

 母さんが腰を上げて縁側から玄関を見る。

「おお、どうしたんよ」と母さんに続いてババアが立ち上がった。

 それに気づいたナツキさん夫婦は、ぺこりと頭を下げて、

「すみません、実はテレビを見ていたら夕方あたりに雨が降るってやってたもんですから、もし今で大丈夫なら私たちと行きませんか?」

「マジかー。なら行こうぜー」兄貴が起き上がって言う。

 晴天続きだと山間にある村にはゲリラ豪雨みたいな雨が降る。そうすると出かけるには大変だろう。ナツキさん夫婦はイイ人だ。

「ああ、親父、なら行こう」

「そだなあ、雨だとアレだな、ナツキさん、あんがとなあ。今、支度するわ」

 ジジイも立ち上がって台所に消えると布巾やらタワシを入れた子供用、てか俺のバケツのおもちゃを持って身支度をし始めた。

「お母さん、お花これ? あらやだナツキさん、いいのよ?」

 玄関にあった花束をナツキさん妻が持ち、母さんが困ったような顔をする。

 ババアも同じような顔をして「ありがとねえ」と言った。

「兄貴、行くってー」

「へいへい」

 鍵を閉めるのが馬鹿々々しい村なんで、そのまま、ぞろぞろと墓まで歩いてく。

 俺はあっちいなあ、なんて思いながら最後尾を歩く。

「私も日傘を持ってくればよかったわ」なんて母ちゃんの声がした。それに父ちゃんが「しょうがねえよ、今年はこんなに暑くなるなんて思わなかったろ。お袋には申し訳ねえけどナツキさんがいてよかったよ」と返す。

 年々暑くなってんだから女性には必須アイテムじゃねえの? と前を見たらナツキさん妻は右手に傘を開いてババアに傾けていた。

 きっとデキル女ってのは、あの人のことだな、なんて思いながらジジイを見ると、これまたナツキさん夫と喋っていた。暑すぎて不作とかそういうの。

 小学生の俺には、そうなんだー程度だ。兄貴はやっと暑さを感じはじめたのか無表情ってか諸行無常? だっけ。うえーて顔をしながら歩いていた。

 そうしている内に、ご先祖様のお墓に着いた。

 相変わらずコケ、コケ、コケと、もう墓参りしたのかヨウジん家の墓が綺麗にされていた。遠い親戚のヨウジん家は俺たちの墓に線香を供えていったらしい。ここ何年もそうしてくれているからジジイとババアは有り難がってた。まあ、歳だし、清掃も大変だしなあ、でも今年はナツキさんたちがいるのを知っていたのか清掃は程々にして線香の臭いだけが漂っていた。

「あらまあ、またマキタさん、本当に優しい人たちよねえ。ほら、アンタたちもお掃除手伝いなさい」

 マキタってのはヨウジの苗字。母ちゃんに言われて渋々墓裏の葉っぱをよけたり、手で墓石を撫でたり、父ちゃんも母ちゃんも墓に降り注ぐ水で横やら色々と撫でていた。ジジイとババアは慣れているから手際よく掃除して洗って花を添えて(添えたのはナツキさんだけど)線香を石の上? に置いてジジイとババアと一緒に手を合わせた。

 マジでデキル夫婦だ。

 早くジメジメしている墓地から出たくて「早く帰って夕飯食べようぜー」なんて俺の代わりに兄貴が言ったおかげで父ちゃんと母ちゃんの怒りは兄貴に向いた。ラッキーと思いつつジジイとババアとナツキさん夫婦を見た。

 どんぐらい手を合わせてたかなあ、いつも通りだったと思う。

「親父、お袋、それにナツキさん、帰りましょう」

 父ちゃんが言うと四人とも目を開けて顔を見合わせてから立ち上がった。

「あら、空模様が」

 母ちゃんの言葉に続いてナツキさん夫婦が空を見た。同じようなことを言いながら四人は足早に帰る。もちろん、俺たちも。

 家の敷居を跨いだ瞬間、見計らったように雨が降り出した。

「ああ、よかったわあ、ねえ、ナツキさん、ご飯食べていかない?」

 そう言ったのは母ちゃんだ。同じようなことをババアも言う。

「雨がふぅて、帰るのが大変だし、ねえ、食べていきん?」

 ナツキさんは顔を見合わせて微笑んだ後に、

「では、ぜひ」と家に上がった。ご飯食べながらお喋りして、ジジイに酒が入った頃、ババアがスイカを切って持ってきた。ついでに父ちゃんが好きなキンキンに冷えたビールも持ってきた。

 その頃には雨が止んで星がちらちらと見えていた。田舎のいいところってこんぐらいだ。ヨウジと遊べないのは悲しいけど。

 ナツキさんに手伝われながら仏壇にスイカとビールが、そっと置かれる。

 それを兄貴と俺は食べた。父ちゃんもビールを取って飲み始める。母ちゃんは、また手を合わせるジジイとババア、そんでナツキさんたちを見ながら微笑んでいた。

 仏壇には俺たちの位牌と写真が飾られている。

 この家のこととかジジイとババアのことは、きっとナツキさんたちが手伝ってくれる。一口、二口とスイカを食べながら、そんなことを考えてた。

 とうとうババアは泣き始めて、ていうか何年泣くんだよ。もう結構、経ってるのに。ナツキさんたちもつられるように泣いていた。本当にイイ人たちだなあ。なら、もう大丈夫じゃねえ? なんて思った。毎回、毎回、お盆に帰ってきてはこんな感じ。最初の頃こそ、めっちゃ俺たちは混乱したけど数年経てば「しょうがない」なんて思うようになった。

 横を見たら兄貴が無表情でスイカを食ってた。まー兄貴は彼女できたばっかだったし、俺は、俺はジジイとババアにゃ申し訳ないと思った。その倍に父ちゃんも母ちゃんも思っている。

「……もう行くか」

 父ちゃんが言う。どこに行くか分からない。いつも盆になると俺たちは、この家にいてスイカを食べて墓参りについていってジジイとババアの背中を見て、すぅと消えていく。なんとなく、これで終わりかなって思った。

 母ちゃん含めて俺たちは二人が心配だった。年齢も約束したことも色々、全部泡になっちゃって。でも、うん、多分、もう平気だ。

 だって俺たちの体は消えてっている。もしかしたら来年も来ちゃうかもしれないけど。今年はナツキさんたちがいるし、俺たちのお盆帰りは終了した。

「じゃあな、じいちゃん、ばあちゃん」

 そう言ったのは兄貴だった。何年も帰ってきてはジジイとババアを見ようとしなかったくせに今年はそう言って消えていった。

 父ちゃんも母ちゃんも笑いながら顔を合わせて消えていく。

「……今年も、スイカ上手かったよ、じいちゃん、ばあちゃん」

 俺も、多分、笑いながら言えたと思う。

「ありがとう」

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