第3話 地獄の抜け穴



 1年前の今日ーー


 自作ゲーム『Wonder Land』の制作中、ある日クロトたちはミドリの家に集合した。



 PC機材がミドリの家に揃っていたし、何よりミドリ本人が夜通しで作業を望んでいたからだ。



 その日は朝早く8人が、偶然ミドリの家の前で集まり、代表してクロトがインターホンを鳴らした。


 

 母親がミドリを起こそうと、部屋を開けたところで発覚したーー



 血塗れで横たわる、あわれもない姿をしたミドリの姿。


 あの時の湿っぽい臭いを放っていた部屋を、クロトたちはよく覚えている。



ナツキ「で、でもおかしいよね……!?あの日、ミドリが亡くなった後、私たちゲーム作りはもう辞めようって話をしたんだよね……!?」



コウダイ「……『Wonder Land』は、あの日を境に、未完成のまま闇に葬られたはずでした……」



ビャクヤ「ミドリの死は、あまりに奇妙で不可解だった……今もまだ、その事件の解明がなされていない……だから恐くなった僕たちは、あのゲームを忘れる事にしたんだ……そうだよねクロト?」



 完全密室の謎めいた、残酷な殺人事件ーー



 ミドリの腹部がーーまるで何者かに食い散らかされたかのように、臓器が剥き出しになって死んでいた。



 手がかりは見つからず、警察は匙を投げた。



 ただ一つーー


 この『Wonder Land』で死ぬキャラクターは、ミドリと同じように、モンスターに食い散らかされる結末を迎えるのだ。



ソラ「クロトくんが冗談を言うなんて思わない……けど、もしこれがあのゲームの世界だとしたら、どうして私たちがそんな世界に入り込んだの……?」



アイガ「貴様ら全員、薄々感ずいているはずだ。そいつの代わりに俺が答えてやる。これはーー」



クロト「……やめろ」



アイガ「ミドリが俺たちを道連れに呼び集めた、”復讐”のデスゲームだ」



クロト「やめろって言ってんだ……」



アイガ「『Wonder Land』のキャラクターと、ミドリの死に方があまりに酷似している。いいか?つまり犯人は、『Wonder Land』を知っている人物に限られる。このゲームを知っているのは、あいつを入れるこの9人だけ……つまり、容疑者はここにいる全員だ」



クロト「やめろって言ってんのが聞こえねぇのか!?」



 クロトは感情的にアイガの胸ぐらを掴む。


 けれどアイガは反抗する訳でもなく、目の前のクロトを酷く睨み付けた。



アイガ「俺からすれば貴様、クロトが一番怪しいがな……」



クロト「……お前!」



モモカ「止めてアイガ!クロトくんはミドリくんと一番仲が良かったのよ!?クロトくんがそんな事するはずーー」



アイガ「いいえ姉上っ!この男は、ミドリの能力を妬んでいた……!」



クロト「ミドリの能力だと……!?」



アイガ「ミドリは、言わば世界から注目を集めていたプログラマーだ。反対に貴様は、当時伸び悩んでいた弱小物書きだった。酷く妬んでたんだろうな」



クロト「俺がそんな理由であいつを殺すわけねぇだろうが!!」



 怒り狂うように否定するーー


 次第に胸ぐらを掴んでいた手が、締め付けが強くなっていった。



 それを見た周りの全員が、一斉に止めに入ろうとした。



 その時ーー突如ぶち破られるように、教室のドアが崩れた。


 そして外から、教室内にアンデットがゾロゾロと入り込んできた。



グワァァァァ!!!



ベニ「な、なんやっ!?」



ソラ「ひゃっ!な、なんで!?さっきまでドアはびくともしなかったのに!?」



 原理はさっぱり分からなかったが、これが全てゲームの中だと仮定するならーー



コウダイ「……もしかして、フラグですか!?」



ナツキ「フラグ!?」



ビャクヤ「なるほど……!さっきベニが開けたロッカーだね……!?」



ベニ「ふぇっ!?どういう事や!?」



コウダイ「通常ゲームは、イベントを起こそうとする際、それに必要なフラグというものがあるんです……!ゲーム開始でいきなりラスボスに行けないあれと同じです……!」



アイガ「チッ!」



 アイガがクロトの腕を払い、すぐさま拳銃でアンデットの脳天を次々撃ち抜いていく。


 モモカの腕を掴んで、背中に匿いながら進んで行った。



モモカ「アイガ!?」



アイガ「こんな所で、姉上を死なせるわけにいくものか……!」



 全てにおいて姉が優先。


 この場から安全に、傷一つつけずに逃げ延びる方法を考える。



 教卓下の隠し扉ーー


 中に入っていたハンドガンを、全員に配っていたベニが、クロトに強く問いただす。



ベニ「そ、そうやクロト!他に何か隠し扉か隠し通路か、そんなの無いんか!?お前このゲームの脚本書いてやろ!?」



クロト「脚本はこれ以上この先書いてない!」



ベニ「なんやて!?」



クロト「すぐにお蔵入りしたゲームだぞ!?それはお前もよく知ってるだろ!?それよりもっと奥よく探すんだ!俺の記憶通りなら、銃の他に武器が入れてあったはず!」



 クロトに言われたベニは、急いで狭い隠し扉の中を手探りする。


 すると片手サイズの、丸い筒状の投擲武器が姿を見せた。



ビャクヤ「それは……手榴弾ハンドグレネード!?」



クロト「初心者救済処置に、ミドリがいくつか用意すると話してた!」



 教室に入ってくるアンデットを迎撃していたアイガは、ビャクヤの発したその名称に反応した。



アイガ「何っ!?ビャクヤよこせ!」



 モモカを連れて後ろに下がり、素早くビャクヤからそれを受け取った。


 使い方を熟知していたアイガは、すぐに安全ピンを咥えて引き抜いてーー



アイガ「全員伏せろ!」



 アンデットの群れに投げ込んだ。



 ドカンッッッ!!!



 激しい爆発音とともに、アンデットの群れは辺りに砕け散った。



ナツキ「やっ、やった……!?」



ソラ「ナツキちゃん!それダメなフラグだからっ!」

 


 そしてソラの予感は的中するーー



 手榴弾の攻撃はほんの一時凌ぎ。


 すぐに後ろにつかえていたアンデットが新たに入ってくる。



アイガ「ちっ……!これではキリがない……!」


 

モモカ「な、何か逃げ道はないの……!?」

 


ビャクヤ「逃げ道か……!」



 ビャクヤはアンデットの足止めをアイガに任せ、辺りの床を手当り次第探っていく。


 コツコツと中指で叩いて音を鳴らすーー



ベニ「ビャクヤ!?何してんねや!?」



コウダイ「まさかビャクヤさん……!?別の隠し扉を探してるんですか!?」



ビャクヤ「どこかに何かしらのクリア条件があるはず。ホラーゲームにはよくある事なんだ……謎解きやパズルを解くように、地獄から抜け出していく。普通にやっていたら、アイテムも体力も尽きてしまうようになってるんだ……」



クロト「そういえばビャクヤは、ホラーゲーム好きだったっけ……」



ビャクヤ「ミドリに熱弁した事あるよ。これをミドリが完成させているのなら、きっと僕の声が届いているはずーー」



 アイガの鳴らす銃声と、ビャクヤの指の音が響く。


 そしてビャクヤの願いは報われたーー



 部屋角の床板が剥がれ、人が入れそうな隠し階段が出現した。



ビャクヤ「ーーあった!これが抜け道だ!」



アイガ「急げ!もう弾丸が尽きそうだ!」



 元々所持していた弾丸は全て使い果たし、教壇下のハンドガンに手を出していた。


 人数分しかない、限られたハンドガン。



 焦るアイガを見たモモカが、自分の分のハンドガンを弟に手渡した。



モモカ「アイガ!私のこれを!」



アイガ「感謝します姉上!この命、貴女様の為に使います!」



 両手にハンドガンを構え、確実にアンデットの脳天を撃ち抜いていく。


 

 ”グロック17《Glock17》”


ーーオーストリアのグロック社が開発したとされる自動拳銃。


 フレームやトリガーが軽量な素材で出来ており、にも関わらず射撃時の跳ね上がりが少なく、連射性能が極めて高い。


 その為使用者の負担が少なく、扱いやすいデザインとなっている。




 下の階へと通じる、無機質で白い謎の階段。


 どこかの施設を思わせる、シンプルな構造が不気味さを感じさせていた。



ナツキ「こ、ここを入ってくの……!?」



 ナツキは昔から人一倍の怖がりだった。


 今も肩を震わせて、クロトの袖を摘んでいる。



クロト「ナツキ……」



ビャクヤ「大丈夫だよ!みんな一緒なら怖くない!それにここでアンデットの餌になるよりいいだろう!?」



ナツキ「う、うん……!」



クロト「ナツキ!俺がいる!手を握っててやる!」



ナツキ「クロト……」



 クロトを先頭に、一人づつ隠し階段を早足で降りていった。



モモカ「アイガも!」



アイガ「姉上は先に行ってください!ここは自分が抑えてます!」



ベニ「早う降りるんや!」



 ベニはモモカの背中を押して、自分の前に行かせた。


 強引に動かさないと、姉のモモカはここを離れないからだ。



アイガ「ベニ!礼を言う!」



ベニ「かまへんかまへん!礼なら後や!友達やからな!それにさっきアンタに助けられた!」



 残るはベニとアイガーー二人は全員が降りたことを確認し、素早く階段を駆け降りようとした。



 けれど近くまで来ていたアンデットが、ベニの腕を掴んで伸し掛る。



ベニ「うわっ!うわっっ!くそっ!死にさらせや!」



 咄嗟にベニが、ハンドガンをアンデットの頭に向けるーー


 しかしベニの考えは甘かった。



 銃は人を引き金一つで容易に殺してしまう兵器だ。


 逆を言えば、どんな状況でも必ず自分を護ってくれる、絶対的力と過信する。



 しかしその過信が、事前知識習得を怠ったーー



 カチッ……



 銃のトリガーが動かず、弾が発射されなかったーー



ベニ「なっ!?なんーー」



 訳も分からないまま、アンデットがベニの右腕を掴みーー激しい力で噛み付いた。



 ガリッッ!!!



 肉が引きちぎれる鈍い音と、ベニの断末魔のような叫びが、隠し通路内を響き渡った。



ベニ「グアあぁっっっ!!!」



 自動拳銃では、初弾の時に限り装填作業を、スライドを引くことで行わなければならないーー



アイガ「ベニ!?っ!しまった!セーフティー!!」



 そして通常拳銃は、セーフティーと呼ばれる安全装置が備え付けである。


 しかし銃刀法違反の日本に住む一般人は、その存在をなかなか知らず、初見ではロックを外す事ができない。



 後ろをすぐさま振り返るアイガ。


 ベニの襟を掴み、後ろに引きながら銃口を突き出した。



アイガ「俺の友達に近づくな!腐れゾンビがっ!」



 ズガン!!



 ベニの腕に噛み付くアンデットを撃ち抜き、蹴り飛ばして距離を作る。


 すぐさまベニを連れて、奥へと駆け下りた。



ベニ「す、すまんなぁアイガ……痛っっ!くっ……もしワイがゾンビになったら、迷わず頭ぶち抜いてなぁ」



 腕からドクドクと血を流していた。


 痛みも尋常じゃない。

 それでもベニはへへへっと笑い、アイガを心配させまいとふざけた調子で言った。



アイガ「喋るなベニ!すぐにコウダイに見てもらえ!」



ベニ「も、もしワイが死んだら……お墓には、グラビアアイドルの写真を供えてくれや」



アイガ「言ってる場合か貴様!というか腕を食いちぎられてよくそんな発言ができるなっ!?」



 しばらく走ると、奥の部屋からクロトとソラが顔を出して叫んでいた。



クロト「二人とも早く!」



ソラ「こっちこっち!」



 アイガとベニが部屋に入ると、同時にクロトとソラが部屋のパネルに手を翳した。


 すると通路への出入口が自動扉によって閉ざされ、アンデットの群れを完全に閉め出した。



 全員がこの敵のいない、真っ白で無機質な部屋にたどり着いた。


 窓一つ存在せず、まるでどこかの研究施設を思わせる部屋だった。



 物が一切ないシンプルな空間ーー


 広さは学校の体育館くらいで、壁一面に並んでいたーー8枚の不気味な白い扉。




アイガ「それよりコウダイ!ベニの傷を見てくれ!」



コウダイ「ベニさんそれは!?酷い傷です!」


 

ベニ「すまん……しくじった」



クロト「噛まれたのか!?」



 従来のゾンビゲームなら、一度奴らに噛まれたら最後、時間経過で同じようにゾンビ化してしまうというのがお決まりのパターンだ。



モモカ「ベニはゾンビになっちゃうの……!?」



コウダイ「……どうでしょう。機材も何も持ち合わせていないので、一概にそうとは言えませんが……とりあえず、止血だけはしておきます」



ベニ「……すまん」



 コウダイがベニの腕に、包帯代わりの布を巻いていく。


 これは来ていた上着を破って使用した物だった。



ビャクヤ「クロト……」



 ビャクヤはクロトを呼び、8つの内の一つーー白い扉の前に近づいた。



クロト「……ビャクヤはこれをどう見る?」



ビャクヤ「どうしてどの扉が正解か……手がかりは何も無いんだ。勘で開けてみるしかないだろうね」



クロト「……だな」



 勘を頼りに決断しなければならない。


 自分たちの運を信用したいが、そもそもこのデスゲームに参加させられている時点で、運がついているとは思えない。



 扉の前で腕を組んで考えていると、それを見たアイガが、唾を吐くようにクロトを退かした。



アイガ「退いてろ弱虫が」



 ハンドガンの残り弾数を確認し、すっと構えながらーー身体を反転させ、扉横の開閉パネルを足で蹴り開けた。


 そしてすぐさま流れるように、開いた扉の向こうへ銃口を突き出した。



 しかし敵どころか、そこには何も無い小さな部屋が続いていた。



ソラ「また部屋だね」



モモカ「一体何がーー」



 モモカがそこまで言ったところで、ビャクヤが部屋の向こうに見えたある点に気が付いた。



ビャクヤ「ん?あれは?」



 小さな部屋の奥に、更に1枚の扉が見えていたが、開閉パネルの隣にーー暗号のような文字が並んでいた。



 おそるおそる部屋の中に入り、その暗号文を目にした。


 しかし宇宙人が書いたような謎の文字に、クロト達は眉をしかめて手を挙げる。



クロト「文字……なのかこれは?ダメだ。全く読めん」



 そんな中、ビャクヤがその文字を食いつくように見つめた。


 

ビャクヤ「こ、これは!やはりこれは『Wonder Land』なんだ……!間違いない!」



モモカ「どうしたのビャクヤくん……?」



クロト「まさか読めるのか……!?」



ビャクヤ「これは僕とミドリで考えてた暗号文だよちょっと時間がかかるけど、思い出しながら解いてみる」



 これはかなり心強い事だった。



 ビャクヤはそう言いながら、扉横の暗号文解読に集中する。


 こういう時こそビャクヤという男は、頼りになるリーダーシップを見せる。



 全員がそんなビャクヤに、憧れのような尊敬の念を持っていた。



クロト「ビャクヤ。俺も隣で見ていていいか?今後少しでもお前の力になれるように、俺もその暗号勉強しておくよ」



 メモ帳を取り出して、解読に専念するビャクヤを観察。


 

 しばらく時間がかかると言うことで、手前の部屋で座っていたベニが声を上げる。



ベニ「もうすぐワイは死ぬ。こんなことなら、もっとやりたいことやっとくんやったなぁ」

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