第39話 勇気を出して
立ち上がり、シンクに近寄って蛇口をひねりました。脇にあったガラスのコップにそれを受けました。コップに注がれた水をゆっくりと、一口、二口と身体に注いでいきました。喉の付け根辺りに異物がある感じがして、スムーズに飲み込めません。
部屋の奥にある窓から外を見ました。緊急事態宣言が解除され、徐々に人通りは増しているようです。窓から見る限り、そう見えます。でも、窓には極力近づかないようにしていました。外から監視されている気がするのです。
テレビのニュースを冒頭の数分だけ見て、感染者数の推移だけは追っていました。それもホワイト・デュークと再会してからは止めました。自分のことが報道されるのではという恐怖と、テレビの音が漏れて、外に自分の状況が知られるのが怖かったのです。
コップに半分ほど残っていた水を飲み干して、流し台のなかにコップを置きました。おそらく安物なのだろう調理スペースは、表面のアルミが経年劣化で変形していました。そこに水がどうしても溜まってしまいます。水溜まりを手の平で拭うようにして、流し台の方へ押しやり、キレイにします。そのあとで手を洗いました。
シンクの縁に両手を乗せて、肩をいからせました。そのまま大きく溜息をつきました。
やりたくないのに、気になって気になって仕方がないので、電話をしてしまおうと決心しました。終わらせるしか精神の安定を取り戻せないこともあるのだと、子どもでもないユミは知っているのです。
シンクから手を離し、ベッドの脇にあるテーブルの前にぺたりと座り込みました。テーブルの上にあるスマホを左手に取りました。右手で指紋認証をしようとすると、インフォメーション画面に、Twitterの通知がありました。地元の非公認ゆるキャラからでした。Twitterをチェックしたい衝動に駆られました。それを払いのけました。マイク内蔵型のイヤホンをジャックに差しこみました。
そして着信履歴の画面を開き、緑色の通話ボタンを押す前に、溜息のように深呼吸をしました。
発信ボタンを押すと一秒ほど待って、電話がかかる音が聞こえました。一秒がとても長く感じられました。電話がかかる音と音の間に入り込むノイズが、やけに大きく聞こえました。
早くも後悔の念がこみ上げてきました。
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