第34話 バブルの遺産
広場を突っ切って、そのまま本館のなかに行こうかと思いました。スマホをスーツの脇のポケットから取り出して、Twitterを確認してみると、新しいDMが入っていました。
「着きましたか。受け取り場所は、喫茶店『Bosque』の前です」
そう書かれていました。ショッピングセンターもこの時間は混雑しているはずなのに、人の姿が見えません。スターバックスもイタリアンレストランも、初夏の夕景に沈みつつあり、徐々に闇に包まれつつあります。緊急事態宣言で休業しているので、暗くなっても照明が点く様子はありません。噴水も水が出ていません。
その様子に入っていくのをためらわれました。なんだか、罠が仕掛けられている気がしてなりません。
本館のエスカレーターを上がると、そのまま「Bosque」へと続く回廊があるのですが、エスカレーターを上がらず、本館の右手に進んでいきます。なにか異常がないかを見たくなったのです。本館の右手にはクリニックがあります。整形外科、歯科、皮膚科などが並んでいます。すべて休業中です。本館の南側に進んでいきます。そちらにも広場があります。夕日を背負うようにして進みます。遠くは見えにくくなっています。目を凝らして観察します。見えないのは、もしかするとご飯を食べてないからかも、とユミは少し後悔しました。怪しい人影は見えませんでした。
本館の南側には、広場から二階の回廊へと一気に登れる幅十メートル以上の階段があります。階段は白いコンクリートでできています。その階段の左端を上がると正面に「Bosque」があります。
重い足をやっと引き上げて、階段を一段ずつ上ります。階段を上りきると、白い石畳の通路が左右に伸びます。通路の途中途中にはダイヤ型の模様が茶色の石で作られていました。床から視線を上げると、左斜め前に「Bosque」があります。外観はスペインのムデハル様式を採っています。以前店長から、オーナーの趣味で作られたと聞かされました。特にセビリアのアルカサルという宮殿が好きなのだそうで、観光で一度訪れて、その美しさに感動したのだそうで。外観は「ライオン門」のような赤い塗料で塗られています。窓にはイスラム様式の幾何学模様の枠が取り付けられています。
店員にはもちろんセビリアのムデハル様式などとは理解されず、「どこに金かけてんだか」と鼻で笑われていました。お客さんにも気づかれていません。
このショッピングセンターが建てられたのはバブル崩壊直後、わりあい日本が裕福だった頃で、今のように居抜きで店を出すなんて考えられない時代です。ユミはこの外装を見るたびに、なんだか遺跡の前にいる気分になるのです。
アルカサルが、キリスト、イスラムをはじめとする様々な文化の混合物であるように、まだ日本が旺盛に他文化を吸収していた時代。そんな時代の遺物なのです。
ユミはこの外装のことを聞いて、気になって調べました。それからそんな切なさを感じるようになりました。
今はその外観に、夕日の残り火が当たり、燃えるように輝いていました。
ショッピングセンター自体が稼働してないので当然、「Bosque」にもひと気はありません。
そんな燃えるような赤色と、花を模した幾何学模様の窓格子の前に異様な風体の人が立っていました。
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