第20話 分かれ道

 別のパートさんのコメントで流れが決まりました。

 「ウチの亭主に相談したの。だってどっちがいいかなんて決められないでしょう。そしたらね。『そんな店、信じられるの』って。『やっぱり会社とか組織ってものは、そこにいる人を守れるかどうかで決まるんだよ。その義務もある。オーナーや店長がその義務を果たすから、下のものはそいつらを信じて働けるんだ』って。『店が自分たちの雇用を守るために努力したって信じられるなら店について行けばいいし、そうじゃなきゃ出て行けばいい』って」

 またLINEの反応が止まりました。

 そして、「信じられない」、「信じられない」、「信じられない」というメッセージの嵐になりました。

 誰かが、「信じられないけれども、残念でもある」というコメントをしました。

 それに対して、みなが「分かる」という反応をしました。

 「俺は店長だって、やらされているんだと信じてるけどね」

 「そりゃそうだろ。オーナーに決まってる」

 「店長、そんな悪いひとじゃないもんね」

 口々にそう言い出しました。

 ユミは自分と同じで、みなが「Bosqueボスケ」に愛着を持っていることに安心しました。ただ、それだけに誰もが裏切られた気がしているのです。オーナーが主導でやっているというのも間違いではありません。しかし、店長たちもオーナーの一味であるという予感がユミにはしています。同時に自分がこれまで人に裏切られすぎたから、人の値踏みが厳しいのだと自覚しました。

 「そういえば、去年もみんなで花火大会に行ったな」

 話題は思い出話になりました。

 店では毎年夏に地域の花火大会に参加しています。招待席で見ることは無いですが、毎年店の若手店員が場所取りに行かされて、河川敷の良い場所で見られます。高校生や若い店員は浴衣を着てきます。年に一度の親睦会ですが、これが非常に楽しい思い出になっています。なかにはこれがきっかけでカップルになるものもいました。

 ただ、若いと言ってもユミのようなものは傍観者にならざるを得ない場でもありました。そういうイベントは普通に生きている人のもので、自分のような日陰者は参加する権利はないとユミは思っていました。もちろん、花火は綺麗だし、花火の前にやるBBQはおいしいし、みんなと話していると楽しいのですが、どこか他人事なのも事実です。

「あのBBQも、オーナーの奢りだろ」

「まあな、今回みたいなことされるとな」

 みんながなぜかしんみりしてしまいました。

 別のフリーターの女性からこんな話がありました。

 「あの、私、店の近くに住んでるんです。実家があります。オーナーとも顔見知りで、会うことも多いです。なんだか、面倒なことになりそうなので、私はこのお誘いを辞退しようと思っています。申し訳ありません」

 当たり前なのに、みんなのシチュエーションがバラバラなのに、またまた驚いてしまいます。

 「おおう、この鉄壁の提案がくずれるとは」

 と先の二つの提案をした元同僚が驚いています。

 辞退を申し出た店員がしきりに「すいません」、「申し訳ありません」と恐縮しています。そのフリーターは仕事中も、自己主張の強いタイプです。いつも笑顔なのですが、どこか威圧的で自分に自信のあるように見えるタイプでした。少し猿顔です。いつも余計な一言を言って顰蹙を買います。この件も強気に勝負しそうなだけに、撤退するのは意外でした。オーナーとか他人の気持ちをおもんぱかる神経を持ち合わせていたことにもびっくりしました。しかしすぐに、その方が自分が生きていくのに有利なだけだと気づきました。普段、ネットでもリアルでも強気な人間は、肝心なときは逃げるものなのだと本で読んでいたからか、ユミはどこかで得心してしまいました。

 みな口々に「まさかの・・・・・・」とリアクションしました。

 それを機に、再度流れが変わりました。

 近所に住んでいる主婦を中心に、離脱者が我も我もと増えていきました。

 「夫の仕事に差し支える」

 とまで言われたら、誰も引き留められません。

 しかし、これは夫という収入源のある人間があるからこそ言えることであって、私たち独り暮らしのフリーターにはこうはいかないと思いました。貰えるものは貰った方がいいし、いや貰わないと困るし、私だって、近所に住んでるし、とユミは内心やっかみ半分で主婦たちの言葉を受け止めていました。

 「遅くなったので、今日はこれまでにしましょう」

 柱にかかっている時計を見ると、夜の九時を過ぎていました。夕食も摂らずに、ユミは三時間近くスマホを見続けていたことになります。

 「とりあえず、今夜結論を出す必要はありません。損な話ではないので、辞退される方ももう一度考えてみて下さい」

 短いLINEの言葉のなかに、「思い直してくれ」という気分が現れていました。

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