私が全部いけないの?ーーショッピングセンター~ユミ編
第17話 喫茶店「Bosque」、突然の解雇宣告
見上げると鎮守の森の
「クエバ・デ・ラス・マノス」
たくさんの手のような葉っぱが揺れているのをが視界に入り、ユミはそう呼ばれているアルゼンチンの遺跡を思い出しました。
無数の手形が壁面に付けられた壁画です。九千年前に鉱物の絵の具を使用して、付けられたそうです。絵の具をパイプに入れて、壁に当てた手の平に向かって吹き付けます。すると、手の平の形が壁に残るのです。このような行為は成人の通過儀礼であったと言われています。無邪気な作為が楽しいのですが、同時に妙な想像も掻きたてられてしまいます。
手形以外にドット柄、動物、幾何学模様なども描かれているようです。このような行為に専門家はすぐに宗教的意味合いを与えます。そうなのかもしれません。近代以前は宗教と分かれている行為の方が少ないのだし、ましてや九千年前です。宗教性を帯びる行為はもっとあったでしょう。しかし、これをつくった人々は手形を付けることで、無聊を慰めているようにもなんとなく思えるのです。
この洞穴に人々は閉じ込められていたのでは、と考えてしまいます。出られない理由はわかりませんが、その合間を埋めようとしていたのではないかと。
天変地異か、大雪か、大量の獣に追い詰められたのか。
そして今際の際に存在証明として手形をつけたのではないか。
最後はお互い相
ユミはそんな不吉な想像をめぐらせながら、鎮守の森の小さな社の前でそれが始まるのを待っています。
集合時間は十五時でした。
ユミの働いている職場はショッピングセンターのなかのカフェでした。そのカフェはチェーン展開していません。
ショッピングセンターというのは、人気の出るテナントというのは、優遇されて内装もショッピングセンター側が用意してくれるそうです。ユミが働いているカフェもそんな店でした。名前を「Bosque—ボスケ」と言います。スペイン語で「森」の意味だそうです。元々ショッピングセンターのすぐ近くにある鎮守の森の近くにあった、地元の人気店だったそうで、ショッピンセンターができたときに出店を打診されたのだそうです。ショッピングセンターは鎮守の森を半分近く削ってできあがりました。出店後もショッピングセンター自体の人出も多く、繁盛店になりました。
それが、COVID-19が世界中に流行し、日本でも四月十六日に政府から緊急事態宣言が出されました。「Bosque」だけでなく、ショッピングセンター自体も食品売り場を残して、ロックダウンしてしまいました。今日はそれ以来、約一ヶ月ぶりの全員集合です。しかし、こんなところに呼び出されようとは思ってもみませんでした。
「実は残念な報告があります」
店長はそう切り出しました。
店長は鎮守の森のなかの神社の小さな
そんな
「Bosque」の店員は二十人はいるはずです。ユミは全部で何人いるかは知りません。時間帯が違えば知らない人も増えます。そのほぼすべてがバイトかパートです。
社の前に立っている店長と、その右脇で伏し目がちにひかえて立っている女性が妻で、オーナーに雇われている正社員です。二人ともマスクをしています。
「昨今のコロナ禍の影響で、密閉空間に人が集まることができません。こんなところにお呼び立てして申しわけありません。店自体も営業していませんが、営業していなくとも、固定の費用が毎月発生しています。設備の管理のお金とか、テナント料をまかなわなければなりません。この状況で人件費、つまりみなさんの給料を払うゆとりがなくなりつつあります。皆さんも生活に困っている状況でしょう。つきましては・・・・・・」店長は言いづらいのか、わざとなのかわからない咳をしました。森は風も吹かず、森としています。
なんだかユミには話だけが自分の脇をすりぬけていくようで現実感のない話に聞こえました。横を見ると、少年と父親らしき二人がショッピングセンターに向かって歩いていきます。この先、店長が何を言うのか分かっています。現実感がないのに、無い現実から逃避したがっている自分に気づきました。どうしても、意識が少年と父親の方へ行ってしまいます。
二人がこちらを見るのも、もっともです。知らない人からすれば我々は何をしている集団なのかわからないよね、とユミは思いました。
『リストラされてる最中だよ』
二人に教えたくなりました。教えているところを想像するとおかしくなってしまい、周囲に気づかれないように、鼻で笑いました。父子は揃って鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、ユミを見ているのを想像しました。
「失礼しました」
咳が治まり、居住まいを正した店長の言葉で、無いはずの現実に戻されました。店長はスーツのジャケットの裾を引っ張って、威儀を正します。
「大変皆さんには申し訳ありませんが、一時皆さんを雇い止めにさせていただくことになりました」
申し訳ありません、と深々と社員二人が頭を下げました。
聞いても、「やっぱりですか」としかユミは感じませんでした。『させていただく』という今どきの表現があまり好きになれません。使役? 尊敬? 文法的に混同しそうになるし、尊敬の意思があるにしても、押しつけがましい響きがあります。「推参」という言葉を思い出します。
「ここに集まっていただいたのは学生ではない方々です。この先どうなるか分からない以上、お引き留めすることもできません」
申し訳ありませんでした、と二人はもう一度頭を下げました。
告げるべきことだけを告げると、「皆さんの今後のご多幸をお祈りします」と頭をまた下げて、店長と妻は社の向こうにある鎮守の森の出口へ逃げるように去って行きました。出口の向こうにはそのショッピングセンターがあります。きっと怖かったのだと思います。質疑応答もありませんでした。
皆は呆然としています。今まで仲間だと思っていた人が手を返すところを、ユミは久しぶりに見ました。ただ、怒りも悲しみもなく、「こんなものか」という諦めに似た感情が生じただけでした。もしかすると、もう少し時間が経つと実感がわくのかもしれない、感情が追いついていないのかもしれない、とも思いました。なんだか投げやりな気分になってきました。
ユミが見上げると、
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