第16話 社会の死、個人の死――タカシくん編
「どうしたの、お父さん」
タカシくんが声をかけて、お父さんは自分を取り戻しました。
「いや、なんでもない」
ものすごい顔になっていたのをお父さんは自覚しました。
「どうしてタカシはこっちに来たの」
取り繕うように、そして少し責めるようにお父さんは言いました。
「冒険だよ。見てみたかったんだよ」
子どもの無邪気な笑顔をタカシくんは浮かべています。
無知だからか、残酷だからか、タカシくんと自分の見えている世界が違うことに、お父さんは動揺してしまいました。
「すごいね。全部閉まってるよ」
楽しそうでした。これが大変だということが分からないのでしょう。
「この店で働いている人ってどうしてるんだろうね」
タカシくんは自分で言って、自分で真理にたどり着いた、そんな驚きの表情を浮かべました。
「やっちゃんのお父さんと一緒だ」
夕日を背に、タカシくんの顔にも暗い影が広がっています。
「可哀想だよな」
お父さんは肩を抱いて、言いました。
「うん。でも仕方がないんだ」
「ずいぶんお前、クールだな」
「仕方がないって、お母さんが言ってた。人間はプライドっていうのがあって、それが失われたら、どうなるかわからないんだって」
「わかるのか、プライドとか」
「うーん。なんとなく」
「お母さんは説明しなかったのか」
「今のお父さんがプライドが無い状態だって」
どういうことか分からなかった。
「女の人に優しくできない男はプライドがない男だって」
お父さんにはどういう意味か分かりませんでした。
「それでわかったか」
うーん、と言って、タカシくんは小首をかしげました。
「とにかく、お父さんがプライドがないみたいなら、いじめるのはやめてあげて、ってお願いした」
お父さんは大笑いしてしまいました。
お母さんの面食らった顔が浮かびました。
説教されてやんの、ざまあみろ、と内心嬉しくなりました。
「やっちゃんは大丈夫かね」
とお父さんは聞きました。
「大丈夫だよ。オレたちが支えるから」
タカシくんの言葉はとても心強く響きました。
「だから、お父さんも、お母さんのことを支えなきゃだめだよ」
最悪な事態のなか、大人は動揺しているのに、世界が止まっても、子どもの成長は止められないのだとお父さんは驚きを隠せませんでした。
「気をつけます」
殊勝に答えると、タカシくんはにっこりと笑いました。
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