第10話 君は冷静を取り戻したね――タカシくん編
この瞬間まで、自分が焦っていたのだということに気づきました。家族のために、何かをせねばと思っていたのです。と同時に、自分がやっていたことが馬鹿馬鹿しい行為だと言うことにも気づきました。自分にだって、タカシくんにだって、お母さんにだって、別々に人生があって、他人のために一生懸命になることなんてないんだ。昔からそうじゃないか。他人はそんなことしたって感謝なんてしてくれない。下手すれば、悪態をつかれ、唾を吐きかけられ、石を投げられる。用済みになれば、蔑まされ、捨てられる。差別だってされる。親子だの、夫婦だの。身体が別なら全部赤の他人だ。それくらいでいいんだ。踏み込みすぎる自分には、それくらいのさじ加減でいいのかもしれない。
ふいに鼻で笑ってしまいました。
みんなこういう感覚なんだろうな。まるでプレパラートの上で、カバーガラスに挟まっている心地。簡単に破れるのに、破ってしまいたいのに、破ったら実験のすべてが台無しになることへの恐怖。学生時代にカバーガラスを触っているときにそんなことをお父さんは考えていました。わざとカバーガラスを洗うときに、親指に力を入れたこともあります。割った感覚も無く、カバーガラスは破れました。
世界は不安定になっています。どこにも安全地帯はなく、どこにも助け合える人もなし。なにせ、接触するのが罪なのだから。
「何笑ってんのよ」
「おれとお前を笑ってんだよ」
「どうしてよ」
お父さんは呆れかえって黙ってしまいました。
「DVは許さないわよ」
「どっちが」
「バカなの」
「お互いな」
「もう良いわ。離婚」
「いいよ、僕行くよ」
お母さんの声を遮るように、タカシくんは叫びました。
「無理しなくて良いよ」
とお父さんは言いました。
「ゲームしてろよ。やりたいならそうすればいいよ」
お前のことなんて知らないよ、という気分にお父さんはなりました。
「子どもの前だってことを忘れないでよ」
両親そろって、タカシくんに説教されてしまいました。
「今の気分が本当の自分の気持ちだなんて、思わないで」
お父さんはシュンとしてしまい、お母さんは涙を流しました。
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