第9話 冷める――タカシくん編

 タカシくんは、「お父さんと行ったって仕方ない」とか、色々言って外出を渋っています。

 お母さんがこちらを「ほら」と責めるような目線で見ていますが、無視しました。

 ふいに、食卓の上の丸く白いシーリングライトがいつもよりも暗いように、お父さんには見えました。

 「電球切れそうかな」

見上げながらお父さんが言います。

 「さあ、いつもと変わらないみたいだけど」

 お母さんは確認もせずにそう言いました。

 「なあ、タカシくん、行こうよ」

 気を取り直して、お父さんが言いました。

 「だって、どこのお店も閉まってるんでしょ。何しに行くの」

 「ねえ」とお母さんが同意するように、顔を傾けて、タカシくんの顔を下から覗き込みます。戻った顔はなぜか満足そうです。

 見ていて、どうしてこの女は息子に媚びてるんだろう、と思いました。「この女」という言葉が浮かんできて、我ながら驚きました。ああ、怒ってるんだ、自分は、と気づきました。

 「だって、勉強だってしてないんだろ」

 少しおどけるようにタカシくんの口まねをしてみます。

 「してるよ」

 「普段と同じくらいにしてるか」

 「そりゃ、学校とか塾に行ってるときの方がしてるけど」

 「だろ。それで空いてる時間にゲームじゃ、身体に悪いよ」

 「だってお父さん、仕事してるじゃない」

 「してるね。嘘ついたってしょうが無いから言うけど、結構してるね」

 「じゃあ、悪いし」

 上手い言い訳を思いついたという感じで、にっこり笑っています。

 「そんなに嫌か・・・・・・」

 「そうじゃないけど」

 「そうよね、いやよねぇ」

 「うるさいよ、黙りなさい」

 妙にからかわれているような気がして、ムカッときてしまいました。

 「なによ、なんで私が何か悪いことしたわけ。どうして怒鳴られなきゃいけないの。そういう威丈高な男キライなのよ。どうして一生懸命にやってるのに、そんなことされなきゃいけないの。私からタカシくんを取り上げないで。どうしていつも私はあなたに何か言われないといけないの。どうせ私が悪いわよ。死ねば良いんでしょ」

 お母さんはヒステリックに叫びまくりました。お父さんはそんなお母さんを見ていて、なにかが冷めていくのが分かりました。体温が一、二度下がるような感覚です。それはお母さんへの愛情が冷めるのと違う感覚です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る