第8話 外に行こうぜ――タカシくん編

 お母さんのストレス軽減とタカシくんの切羽詰まった状況の打破は、お父さんが主導でやることに決めました。そのために三密を避けつつ外に連れ出すことにしました。サイクリングでもしようと思い立ちました。

 それを夕飯を作っているお母さんに伝えると、

 「あの子、運動嫌いよ」

というつれない言葉が返ってきました。

 お父さんは「そういう風に育ててきたのはオレたち親なんだけどな」と内心思いました。

 確かに日曜でも外で遊んでいて、夕飯の時間に帰ってこない」というのを見たことも、聞いたこともありません。自分がタカシくんと同じくらいのころは、死ぬほど外で遊びました。ゲームもやっていました。お父さんが子どものころに、そろそろファミコンが登場して流行った時期でした。

 夕飯のときのことです。食卓には、お母さんとタカシくんが並んで座り、お母さんの正面にお父さんが座りました。お母さんとタカシくんの後ろに流し台があり、正面にはテレビがあります。夕飯時のニュースはずっとCOVID-19の話題を続けていました。

 どうせ同じ話題が続くし、テレビを消して欲しいというのがお父さんの本音でした。しかし、音が無くなる方が緊張感が出てしまいそうでした。お父さんはテレビを消すようにとは言い出せませんでした。どうして、いつものようにタカシくんはYouTubeを見ないのだろう、と思いました。いつもYouTubeをタカシくんが見ていることはお母さんから聞いていました。そっちのほうが、よっぽどいい。自分に知られたくないのか、とお父さんは勘ぐりました。

断られるのを覚悟で、タカシくんに聞いてみました。

 「お父さん、一日中家にいるからさ、運動不足なんだよね。自転車で外に一緒に外に行かないかい」

 と誘いました。「うん・・・・・・」と口では言っているのですが、タカシくんは気のない返事をしました。

 食事中なので、ゲームは持っていませんでしたが、やはりテレビを見ていて、顔をこちらに向けません。横顔がとにかく不安そうです。

 お父さんは在宅勤務になってから、ペースが掴めずに、とにかくやみくもに仕事をし続けているように感じていました。食事といっても、それは仕事と仕事の合間に栄養分を摂取するために、掻き込んでいるといった感じ。余裕を持って味わうこともありません。今日、さっきの反応が気になって、今はお母さんとタカシくんの一挙手一投足をずっと観察している気分です。心ここにあらず、といった心地がし続けています。

 「なあ、とにかく散歩に行こうよ。自転車もこの際、買い換えたいし」

 「家から出ても良いの」

 「『三密』にならなきゃ良いんだよ。みんなで一緒に遊ぶのはだめなんだけどね」

 タカシくんは鼻から深い溜息を吐きました。

 気づくと、タカシくんもお母さんも、頻りに溜息をついています。普段の呼吸はなんとなく、荒く、浅いようです。食事も、まるで砂を噛んでいるような妙な顔をしています。やはり味があまりしないのでしょう。気詰まりなのです。

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