第6話 言い合い――タカシくん編

「いっつもいない人が二人もいて、しかも一人は本当に夏も冬も、昼も夜もなく、仕事だ、なんだっていない人。そんな人がずっといちゃ、調子狂うわよ。あなたの予定はすぐに変更。それに私だって振り回されてるんだから」この言葉も八つ当たりです。

 こめかみを強く掻いている、お母さんの顔に濃く翳りが出た気がしました。「掻くのは止めなさい」という言葉は、お父さんからは言い出せません。こめかみを掻くという行為がお母さんにとって、ストレスの軽減につながっているからです。止めるということがストレスを増大させ、何が起こるか分からないという緊張感があるのです。「気まずい」とはレベルの違う緊張感はお父さんを不安にしました。

 ただ、理屈で分かっていてもお父さんの胸に、怒りが湧いてきて、肩と腕の筋肉が強ばるのが分かります。どうして予定がすぐに変更になるのか、そんなものはわかりそうなものです。「休日に遊びに行く予定が変更になるのではないのだから、それくらいは勘弁してくれ。そんな言い方はないだろう」、という気持ちが湧いてきました。そんな気持ちをぐっと抑えています。

「せっかく家にいる時間があるんだから、家事くらいは手伝うよ」

「その変な気遣いがうっとうしいのよ」

『うっとうしい、って』と内心呟いて、絶句してしまいました。

「そんな顔しないでよ」

 お父さんは仏頂面になっていまいます。

「人間ってそういうものなのよ。なかなかペースを掴めないと、それが一番のストレスなの」

「学校の勉強やればいいじゃない」

「そんな一日中、時間が保つ量の課題は出ないわよ。出てもやりきれないでしょ」

 あきれたようにお母さんは言いました。どうしてあきれられるのかはお父さんにはわかりません。

「政府の休校要請の時期がしっかり固まれば、何らかの措置が取れるんだろうけど。こういう宙ぶらりんなのが一番苦手なんだって、人間って」

 ママ友のLINEでそういう話になった、と言いながら脇に置いてあったスマホを取り上げて、見始めました。そんな姿を見ながら、親子で同じじゃないか、とタブレットでゲームをしていたタカシくんのさっきの様子と比べていました。お母さんは基本的にスマホを手放しません。様子を窺っていると、風呂のなかにまで持ち込んでいます。

 仕事から家に帰ったときに、決まってお母さんは、スマホに目を落として、お父さんのことを顧みません。誰とやっているのか分からないLINEに夢中なのです。そんな姿にお父さんは常々不満を持っていました。

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