32話 雪降る世界、震える少女 3

ゆさゆさと誰かに揺すられ目を覚ます。


「お父さん!朝だよ!」


と幼い少女の声も聞こえる。

眠たい目を擦りながら目を開けると、目の前には先日僕達の娘となった雪がいた。僕のお腹にまたがるような感じになっている。


「雪、おはよう。」

「おはようございます!お父さん!」


輝く笑顔でそういう雪。とても可愛い。

起き上がってリビングに行くと繭が朝ごはんを用意して待っていた。


「繭、おはよう。」

「おはよう。」


僕は椅子に座ってご飯を食べ始める。いつも通りの白飯、ウインナー、目玉焼き、そして食後のコーヒーだ。

繭の作るご飯はとても美味しい。繭のご飯を食べる度にそう思う。


食事を終え、買い物に行く準備を始める。と言ってもほぼ着替えるだけだけれど。

みんなで家を出る。真ん中に雪がいて3人で手を繋いで歩き出す。 空から降る雪は未だ止まず、雲の隙間から差し込む太陽の光を反射し宝石のようにキラキラと輝いていた。

数分歩くと馬車屋に着く。ここからは馬車で天ノ宮へ向かう。僕達の乗った馬の頭にも白い雪が降り積もっていた。

銀世界を駆ける馬車からの周りの景色は普段とはかなり違うものだった。びゅうびゅうと吹く風は僕達の体を切り裂くように吹き、日差しは暗く、舞い降りてくるのは白い雪。夏のポカポカとした雰囲気とは真逆だった。

響くのは馬がサクサクと雪をふむ音と吹雪く風の音。ただ1つありがたいのはポカポカした陽気に晒され眠たくならない事だ。

いつもより数十分時間がかかって天ノ宮に着く。雪降る天ノ宮の街もいつもと違う景色が見れた。屋根に積もる白雪。足元には足跡が沢山あった。人通りはあまり多くない。


「それじゃあ行こうか。」


と言って、3人でまた手を繋いで歩き出す。まるで家族のように。

暫く歩くとカフェ天使が目に入った。


「久しぶりに行ってみようか。」


繭がそういったので、僕は頷く。久しぶりのカフェは楽しくなりそうだ。

カフェのドアを開けると、チリンチリンという鈴の音と一緒に


「いらっしゃいませ!」


という元気な少女の声が聞こえた。席の案内に金髪の綺麗な女性が来る。そしてその女性は僕達を見て驚いたように目を開き、嬉しそうに口を開いた。


「繭ちゃん、雷くん、いらっしゃい!お久しぶりね?」

「お久しぶりです、店長。最近忙しくてバイト来れてなくてすいません。」

「それは大丈夫だよ。来たい時に来てくれるといい。それから――」


続きの言葉を言おうとした金髪の女性、このカフェの店長である天使 涙さんは、僕達の連れているもう1人の少女、雪を見て言葉を詰まらせた。


「えっと…この娘は?」


少し困惑したように質問をする涙さん。それを見て繭が説明をする。


「この前、雪の中に震えてるこの娘を見つけたんです。近くに親も見かけなかったので一緒に住んでいるんです、保護者として。」


それを聞き、天使さんは驚いた様な顔をする。しかしすぐにいつもの儚げな表情に戻り一言。


「キミ達はすぐ家族が増えるんだな。私は羨ましく感じるよ。」


そして雪の方を見てしゃがみ、手を差し出して少し笑顔で雪に話しかける。


「こんにちわ。私はここの店長の天使 涙。キミのお名前は?」

「私の名前はね、雪っていうの。お母さんが付けてくれたの。」

「いい名前だね、可愛いよ。」


そう言って天使さんは雪の頭を撫でる。雪は笑顔でそれを受け入れた。


「随分とこの娘は体温が低いようだね。ひんやりとして気持ちいいよ。」

「私もそう思ったんです。でも特に悪い所は無さそうなので…。」

「それなら安心だ。少々立ち話をし過ぎたよ。すぐに席に案内するね。」


着いてきてくれ。そう付け加えて天使さんは歩き出す。案内してくれた席に着き、コーヒーを2つとオレンジジュースを注文する。数分で注文した物が届く。

テーブルに置かれたトレーにはオレンジジュースとコーヒーが3つあった。……あれ?3つ?どうしてだろうと困惑していると、注文したものを届けに来た天使さんが僕達の対面に座る。


「そういや1つ、この時期に良く似合う話を思い出したんだ。」


そして1口、コーヒーを啜る。仕事は良いのだろうか。と思っているとそれが伝わったのか、


「キミ達以外に客が居なくて私も暇なんだ。少しばかり私の話に付き合ってくれ。」


と言われる。たしかにカフェの中を見渡しても人は僕達しかいなかった。それにその話も少し気になったので、僕は頷く。繭も気になるらしく僕の後に頷いた。雪はストローに口をつけオレンジジュースを飲んでいた。美味しいのか笑顔になっている。


「ありがとう。それじゃあ始めるか。 これはこの時期に伝わるとある噂話のようなものなのだが―――」


こんな始まり方から始まるこの話が僕達にとても関わる話である事を誰も知らずに聞くことになった。そして、この話を終えた時、雪がどの様な反応を示すかについて考える人は1人もいなかった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る