自分という価値。

しろ。

第1話

「君はどっち?」


「何を言ってるの?そんなことより…」


「まぁ、いいや」


同じ制服を身にまとった名前すら知らない彼女。


僕の前に突然現れ、

意味のわからない事を吐き捨てる。


しばしの沈黙と空模様は、

やがて曇り、そして雨を降らせた。


僕の頭の中での理解も追いつかないまま、彼女は後の言葉を受け付けないかのようにその場を後にしていった。


なんでもないただの休日のことだった。


□□


今年の春はくしゃみと共に始まって、なんとか香水を振る時間だけは確保しながら、ヘアセットもせずに家を出た。


いま思えば、軽くセットするくらいならできただろうに。それでも、最低限のマナーとして寝癖だけは治してきた。


新調されていたローファーはやけにぴったりと足のサイズに合っていて、昨夜にできた水溜まりには桜の花びらを浮かせた。


「優璃〜おはよ〜!」


「おはよ玲、相変わらずだね」


「朝弱いのはお互いさまだろ?」


友達の玲とは入学式からの中で、運がいいことに高校2年生に進学しても同じクラスとのこともありよく行動を共にしている。


電車に乗り込み、流れる景色を眺めていると玲が口を開いた。


「そういえば、昨日LINE返さなかっただろ?お前から漫画貸してほしいって言ってたのに」


「え?ほんとだ…あれ?」


ケータイをポケットから取り出し開くと、確かにそこには玲からのメッセージが来ていた。


そして、もうひとつ玲のトークの上に表示されている《M》の文字。


「なぁ、これ誰かわかる?」


「んー?誰だそれ、知らないな」


「そっか、」


「それがどうかしたのか?」


「いや、全く見覚えが無くてさ…」


この時は特に気にもとめず、ズレてきたバックの紐を肩に掛け直した。


駅に着き、高校までの道中 玲の話題は尽きることを知らないのか、忙しそうにその口を開かせた。


気づけば校門もすぐそこで、門番。またの名を生徒指導に軽めの注意だけ受けた。


「おい、また遅刻を重ねる気か?」


「ギリギリセーフですよ!なぁ?」


こっちに振るなよと思ったが、口には出すこともなく、適当に相槌だけうつと「ネクタイ!」とだけ最後に言われ、それを見せつけるかのようにギュッと締め上げた。


これ以上、とやかく言われないようにと僕達は駆け足で教室へと急いだ。


………


「ふぅ、あぶなかった〜」


「うん、」


「どうした?」


「いや、あのメッセージが誰なのかが気になってさ」


「んー、自分でもわかんないんだろ?」


「そうなんだけどさ…」


未だ気になるものを頭の片隅に残しながら、目的の教室へと着くと足を踏み入れる。


すると、


後ろからバタバタと足音が聞こえたと思ったら、その刹那、視界は本来 正面には来ないはずの床を間近に捉えた。


何者かが、背に抱きついてきたのだ。


「痛った…鼻打った…、」


「優璃君!おはよ!!」


背中から声がすると、


それを合図にしてか、やけに廊下はザワついた。


それもそうだろうな。


普段パッとしない男子学生が、知らない誰かに押し倒されたせいで床に思いっきり顔から落ちたのだから。


しかし、


その元凶の正体が思わぬ人だった事をその数秒後に知ることになるとは、この時思ってもみなかった。


「え!?篠田さん!?」


「ほんとだ…」


誰もが認める、マドンナと呼べるべき存在が目の前にいる。


「ほんとだって…ってか、どんな状況!?」


うつ伏せで上半身だけ起こした僕に、篠田さんは馬乗りで僕の背に乗っている。


「あ、ごめん!痛かったよね?」


「いや、篠田さんこそ大丈夫?」


「…え?」


「なんで篠田さんが優璃なんかの上に!?」


なんかってなんだよ…。


「優璃…なんか…?」


いつもは天真爛漫の篠田さんの雰囲気が180度別のものに変わっていた。


例えるなら、


なにかこう黒いものになったように思えた。


「なにか気に障るようなことを言った…?」


「うん。○○なんかって…。」


「なに、どういうこと?」


状況がなかなか掴めない僕に対して、


篠田さんは俯くとその顔を上げながら、

満面の笑みを浮かべこう言い放った。


「だって…優璃君は私の彼氏じゃん!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自分という価値。 しろ。 @White__

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る