第16話 エピローグ「ヒーロー達は決意する(後編)」

「今回は、何とか女神を退ける事が出来た。だけど、あの力は発動に大量の魔力を必要とするから、そうそう多用出来るもんじゃない」


 戦いの後、魔力を頂戴した河衷の人々は、貧血で運び込まれる事態が頻発した。

 今回は重篤な例こそ無かったが、もう同じ手は使えないだろう。


「それに、人間の粛清を主張する神々はまだいっぱい残ってるみたいだ。俺は、座視するべきじゃないと思う」

「では、どうするのだ?」


 腕を組んで問いかける神尾帯刀は、相変わらず保育園のエプロンをつけている。

 突っ込まれると「これは修行に過ぎん」とか言うのだが、最近顔を合わせると、誰々が嫌いな野菜を食べるようになったとか、体操が上手くなったとか、そんな話をしてくるので、恐らくすっかり保父さんが板についてきてしまったようだ。

 こんなんでも若い保母さんには人気らしい。写真見たらめっちゃ綺麗な人だった。色々わからない。


「方針はふたつだ。ひとつめは、まだ地球上にいっぱいいるはずの勇者を探すこと。彼らが悪事を働いていれば、スキルロックをかけて粛清派の神が発言権を増やさないようにする。そうでない勇者は味方につけて協力を仰ぐ。”あの力”は、味方が多ければそれだけ強力になるようだしな」

「妥当だな。もうひとつは?」


 採点するように続きを促す一星は、贄川の他にも将来の腹心として何人かに声をかけているようだ。

 どうやら味方を揃えて本格的に父親と対決するつもりらしい。

 協力を申し出たが「お前が出てくると楽勝過ぎてつまらん」と固辞された。

 なお、無事霧花とは付き合い始めたようだ。


「粛清反対派の神と接触したい。これは方法が分からんが、模索すべきだと思う」

「でも、どうやって?」


 疑問をぶつける小暮霧花は、おどおどした様子がなりを潜め、最近では一星相手に主導権を握りつつあるようだ。

 小説家かライターか、文章に携わる仕事がしたいと、色々調べたり書き溜めたりしているそうだ。

 なんでも「一星君がお父さんに負けても、私が再起まで養うから!」と宣言して彼のド肝を抜いたとか。


「まだ会っていない勇者が何か知っているかもしれないし、ディアが何か思い出すかも知れない。彼らの協力が得られれば、粛清派の神に対する抑止力になる」

「ふむ、なるほど」

「既に、志賀さんとネフィルには、情報収集のためにあちこちを回ってもらってる」

「ああ、それであのふたり、今日は来てないのね」


 武史とネフィルは、まだまだぎこちなさを残しているが、お互い歩み寄りつつあると感じる。

 まだ幼馴染を忘れられないでいる武史も、ネフィルから向けられる好意は嬉しく思っているようだ。

 どうか、幸せになって欲しいと願う。


「で、ここからが本題なんだが」


 学は、もう一度クラスメイト、いや、仲間たちをひとりひとり見つめて、頭を下げて話の核心に触れた。


「以前の俺なら、こんな事は言わなかったが、この件は俺の手に余る。どうか、皆の力を貸して欲しい」


 これからは戦ってばかりはいられない。

 世界のニュースを詳細にチェックしたり、様々な人間とやりとりしたり、組織力で対応する必要がある。

 そして、今回の戦いで彼らが見せたチームワークは折り紙つきだ。


 ところが、場の空気は静まり返る。

 恐る恐る顔を上げると、全員がポカンと口を開けていた。


「……お前がそんな頼み方するなんて、お前あの女神が化けてるんじゃね?」

「私もそれ思った。菅野のキャラなら『じゃあ、よろしく』で済ませるよね!」

「……お前ら、俺を何だと思ってるんだ!」


 顔を引きつらせる学の前で、和美がすっと手を上げた。


「はいはいはい! 私おにぃの手助けする!」


 和美は、今まで以上に防衛隊やクラスの集まりに顔を出すようになった。

 美大の勉強は良いのかと聞いてみたら、今無理に詰め込むより、いろんな体験や話をした方が絵の糧になると気づいたそうだ。

 一星とは好きな画家が同じだそうで、よく芸術論を語らっている。

 霧花が居るから大丈夫だと思うが、兄として少し警戒してしまう。


「ま、いいんじゃない? 私たちが大人になって幸せを手に入れた頃に、人類が滅ぼされましたじゃシャレにならないし」

「そうだな、まんざら他人事ってわけじゃないしな」

「……お前ら、俺が言うのも何だけど、そんな軽くて良いのか?」


 クラスメイト達は、声を揃えて「問題無し!」と答える。

 学は決戦の日、一星と交わした言葉を思い出す。


(……俺、報われ過ぎだな)


 武史を思って自嘲する学に、倫のデコピンが飛んできた。


「色々顔に出てる。学が報われたのは、とっても優しいから。それでいいじゃない」

「……ああ、そうだな」


 照れくさくて目を反らす学に、今度はアリサが頭を掴んで自分の顔に向ける。


「それより、私たちには何もないわけ?」

「ああ、お前たちは、もう身内だろ? 他人行儀なことを言ったりしたら、グーパンチじゃすまないからな」

「分かってるじゃない!」


 アリサは満足げに頷き、止せばいいのにツバキに「だってさ」と水を向ける。


「わ、私とこいつは他人よ! 他人!」

「えー、義妹でしょ? 義妹」


 これどう収拾するんだよと頭を抱える学に、ディアがぽんと手をのせる。


「マナブ、いいこいいこなのだ」


 辺りが笑いに包まれる。


「さあ、そろそろ昼食の時間だ。みんなの河衷防衛隊入隊祝いと行こうじゃないか」

「いいじゃん! 千彰冴えてる!」

「美都、そこはKIGよ!」


 軽い足取りで会場へ向かう皆を、学は頼もし気に見守った。


「俺、〔破壊の勇者デストロイヤー〕で良かったかも」


 そんな独り言が自然と出て来て、自分でも驚きを感じる。

 きっと、変われるのだ。人間も世界も。


「まなぶー! 早く早く!」


 ぶんぶんと手を振る倫に「おう! 今行く!」と返して、元気よく走りだした。


 夏は、もう終わる。だが、熱い季節はまだまだ続きそうだ。

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