第12話「女神はその姿を現す」
光の球体が、ゆっくりと校庭に降りてきた。
まばゆい光源が消え去った時、中から志賀武史が現れた。
「武史さん!」
ネフィルが駆けだして、彼を抱き起す。
「女神の力は、失われたようだな。今ポーションを」
ポーションを飲み下した彼は、ゆっくりと瞳を開ける。
「僕は……」
「あんたは、女神に良いように操られてたみたいだな」
武史は力なく笑って、「そうか」と答えた。
「ネフィル。済まない」
「私は、謝罪なんて要らないです! ただ、武史さんが武史さんじゃなくなっていくのが、怖くて、悲しくて……」
嗚咽の声を上げるネフィルの頭を、武史はそっと撫でた。
「……学君、君の声は聞こえていた。僕は、悲しみに飲まれて、大切なものを失うところ……」
「ああ、まだやり直せる。とにかくポーションを」
こくこくと小さく喉を鳴らして、少しずつ体力を回復させてゆく。
生気を取り戻した武史の目が、かっと開かれた。
「そうだ! 学君、君に伝えなければならない事がある! 君は……」
『そう、菅野学、あなたは主神の魂を受け継いだ人間なのです』
再び、まばゆい光が辺りを照らす。
降りてきたのは、純白のドレスを纏った金髪の女性。
絵画を飛び出してきたような顔立ちからは、神々しささえ感じられた。
「あんたか、散々俺たちを弄んでくれたな。女神さんよ!」
学は、魔銃を握りしめ、女神をまっすぐ見据える。
異世界へ飛ばされて以来、この女性には言いたい事が山ほどある。
『弄ぶ? あなた達を異世界に導いたのは、神の試練ですよ?』
「試練……ですって?」
『そう、人類を創造した主神が姿を消してから千年。私たち神は、不完全な人間と言う生き物が主神の子供に値するかどうか議論を重ねてきました。そして、ある結論に至ったのです。人間の世界で最も退廃が進む星、地球の人間を異世界に勇者として導き、彼らが役目を全うすれば良し、そうでないものが多数なら滅ぼせばよいと』
「そんな! そんな理由で武史さんは!」
ネフィルの絶叫も、女神には届かない。
ただ、瞳を閉じ、穏やかな笑顔を浮かべるのみだ。
『しかし、”正当な勇者”と”堕落した勇者”はほぼ半々でした。神々は彼らを地球に帰し、経過を見る事にしました。ですが、私は認められません。人間のような欲望にまみれた汚らしい生き物が、父なる主神の創造物など、認められるわけがありません』
女神は、相変わらず落ち着いた口調だが、感情に揺らぎが見えた。
彼女は、何処かに激情を隠している。学はそう確信した。
『主神は完璧な存在でした。その完璧な主神が、あなた方のような不完全なものを生み出すなど、汚点そのものです。私は、試練の結果に関わらず、人間を滅ぼすことにしました。そして、菅野学、あなたを見つけたのです』
「俺が? 俺が何だって言うんだ?」
『私はあなたの中に、主神が遺した力の片鱗を見つけたのです。菅野学、あなたは人間などに収まる存在ではない。人間など滅ぼして、神の一柱となるべきです』
あまりにも突飛な内容だった。
女神からはスキルも神々が人間に分け与えられた力と説明された。もしかしたら、主神がその力をひとりの人間に託すこともあるかもしれない。
だが、自分が神だと言われて、「そうだったのか」と納得ができるわけがない。
「佞言絶つべし」である。
「冗談じゃない! 俺は人間だ!」
『ですから、私は人への執着を断ち切るため、志賀武史を差し向けました。彼をコントロールするのは簡単でした。地球への帰還をほんの一ヶ月遅らせればよかったのです。菅野学の友人がもう少し”脆ければ”、こんな回りくどい手を使う必要は無かったのですが』
「!! あなたは! 転移の遅れは座標の違いからくるバグだと! あれは嘘だったのか!?」
『嘘ではありません。そう言った例があると言ったのです。あなたの場合がそうであるとは言っていません』
あまりの事実に、武史はひざをついた。
「僕は! 僕は今まで……!」
「武史さん! 武史さん!」
錯乱する武史を、ネフィルが必死に抱きしめる。
今までの戦いは、何だったのか。
「女神、私あんたのこと嫌いだったけど、あんた最低のクソだわ!」
ツバキが吐き捨てるように呪いの言葉を吐く。
アポロも何も言わないが、その目は静かな怒りを宿していた。
『何故です? 人間のような下等な存在から、神に選ばれる者が出るのです。名誉なことではありませんか』
「あなた、前から思ってたけど、ほんっっとに意思疎通が出来ないわね! そう言うの、嫌われるから!」
「学は、あなたなんかに渡さないわ! ヒーローは、命を弄ぶ悪と戦うものだもの!」
倫とアリサが女神の前に出て立ちふさがる。
だが、女神は微笑を崩さない。
次の瞬間、衝撃波がふたりを襲い、跳ね飛ばされる。
魔力を使い切ったふたりはまともな防御が出来ず、受け身を取って何とか凌ぐが、激痛から立ち上がれない。
『さあ、どうします? こうなった以上、多少面倒ですが、この場の全員を殺し、あなたを連れて行って100年でも200年でも『説得』しても良いのですよ? 他の神の干渉がリスクですが、志を同じくする神々の元に『保護』すれば、あなたが考えを変えるまでの時間くらいは稼げるでしょう』
学は一瞬だけ考える。
皆を生かすため、自分の人間としての生を犠牲にする。ちょっと前の自分なら選択肢に入れてしまったかも知れない。
だが、神とやらになった自分は、きっと人々の幸せを脅かす。
それに、そんな事をしたら、皆悲しんで、それ以上にバカヤローって怒るだろう。
なら、答えは決まっている。
「……女神、あんたは主神に依存してるんじゃないか? 自分が崇拝する主神が、忌み嫌う人間を生み出したことを認めたら、主神を信じる自分を否定することになる。主神が無謬な存在であってこそ、自分もまた無謬でいられる。違うか?」
女神の顔から、微笑が消えた。
「あんたはご高説を垂れて、人間を弄んでいるが、やってる動機も行動も人間そのものじゃないか」
『……黙りなさい』
「いいや黙らない。『父なる主神』ってことは、あんたも主神に作られたようだな。俺たちは兄弟ってわけだ。そして、同じ欠点を共有している」
『黙れと言っています!』
「つまり、俺が言いたいのはこういう事だ。『神も人間も大して変わらん』」
『黙れ!』
再び衝撃波が校庭を駆け抜け、勇者たちは吹き飛ばされる。
だが、皆歯を食いしばって立ち上がる。倫とアリサも、ふらふらになりながら女神を睨み返す。
『どうやら、あなたには神としての教育が必要なようです。そして、周りの人間たちはあなたに悪影響を与える病原菌です』
「……俺の、答えはこうだ……」
正直、もう余力はない。
極大魔法で撃ち尽くした魔力は少しずつ回復しているが、もう一発撃つには時間がかかる。そして、撃てたところで女神に通じるかはかなり怪しい。
だが、言わねばならない。自分が自分であるために。
学は、仲間たちとひとりひとり顔を合わせた。皆「言ってやれ」と目が語っている。
「俺は〔
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