第11話「勇者は元勇者と雌雄を決する」

 幾重もの光が、校庭を切り裂いた。

 ネフィルによれば、〔元帥マーシャル〕志賀武史のスキルは〔武装召喚〕。魔力を消費して思い描いた武器を呼び出すことが出来る。

 だが、こいつは反則だ。

 彼の周囲に舞うのは6基のレーザー砲。それも、勇者の武装を溶解させるだけの強力な奴だ。

 再びレーザーが斉射される。勇者たちは四方に跳躍して攻撃を回避するが、このままでは連携が取れない。

 学は〔無限の魔力〕を持つが、女神の加護はおそらくその上位互換だ。容量が桁違いな上、次々と魔力が補給される。

 もし、今の彼が威力でなく効果範囲を優先して極大魔法を放てば、ちょっとした水素爆弾くらいの威力は出せるだろう。


「学!」

「応!」


 アポロの呼びかけで、氷弾と魔弾を同時に放つ。

 その隙に倫、アリサ、帯刀の前衛が接近戦を試みるが、遠距離攻撃は障壁に阻まれ、すぐにレーザーの照射が始まる。

 倫たちは散開し、攻撃に至らない。


「今です!」


 近距離でネフィルが呼び出した影から、ツバキが飛び出す。

 膂力の限りを尽くし、父から託された魔剣を振るう。

 だが、武史はそれを片手で受け止める。


「残念だったナ!」


 体勢を崩したツバキは魔力の塊を叩きつけられ、吹き飛ばされる。

 校舎に激突し、教室ひとつを吹き飛ばすが、すぐに瓦礫の山を飛び出して戦列復帰する。


「レーザーを掻い潜っても、あの鉄壁の防御を破れない」

「手はあるかい?」

「極大魔法を使うしかないだろうな。俺の〔破壊砲〕とツバキの魔剣を最大出力で放てばあるいは……」


 だが、問題はふたつある。ひとつは、極大魔法は魔力のチャージに時間がかかる事。

 もうひとつは、最大出力で放てば、町ひとつくらい簡単に吹き飛ぶことである。


「ひとつめは問題ないわ! 私たちが食い止めてる間にチャージすればいいんだもの!」

「……だそうよ?」


 高らかに宣言する倫を、アリサが片目を瞑って肯定する。

 まったく、お前らは最高だよと、こんな状況なのに笑みが漏れた。


「なら、ふたつめは俺に考えがある。前衛3人は、敵を引き付けてくれ!」

「オーケー!」

「任せて!」

「ふん、群れるのは好かんが、この戦い、高揚するぞ!」


 3人の返事にまだ余裕がある事に安堵すると、学は後衛に呼び掛ける。


「ネフィルも魔力のチャージを! 使い道は後で話す!」

「分かりました!」

「アポロは……、悪いけどまた貧乏くじ」

「分かってるよ。君とツバキを守ればいいんだね? いつものことだ」


 最後に、ツバキに目配せする。


「付き合わせて悪いな。これが最後だ」

「本当よ! いい迷惑だけど、あんたの妹の紅茶が飲めなくなるのは嫌よ。なんか、私の姉になるそうだし」

「なんだそりゃ?」

「本人に聞きなさい。行くわよ!」


 学が銀の魔弾を装填し、ツバキが緑の魔石を発動させる。

 戦いはギリギリの潰し合いになる。

 だが、引く気は無い。


 最初に被弾したのは、やはり経験の少ない倫だった。

 素早くパープルフォームに切り替え、体をひねっていなければ、上半身と下半身は両断されていただろう。

 だが、かすめたレーザーの高熱は、重防御の鎧を破壊し、使用不能にする。

 倫は立ち上がって、直ぐに〔レッドフォーム〕に切り替えるが、彼女の武器である多彩なフォームチェンジが、ひとつ潰された。


 次に狙われたのは、軽装のアリサだ。

 彼女はレーザーを軽減する装備を持たない。

 〔神速〕を繰り返してレーザーを回避するが、魔力を再チャージするタイミングを見計らって一斉に砲撃が行われる。

 彼女の表情から余裕が消え、疲労の色が濃くなってゆく。


 帯刀は最もこの状況に対応できている。魔力消費が比較的少ない〔縮地〕を使ってレーザーを回避し、上手く敵を翻弄している。

 ただし、いくら武史に接近しても、自慢の愛刀は歯が立たない。切れ味を上げる為に魔力を充填する余裕が無いのだ。


 学は、味方が苦戦する戦場を睨みつけながら、魔力を急速充填する。

 焦りが心を侵食する。

 速く、もっと速く!

 一刻も早く、皆の元へ駆け付けられるように!


 一条のレーザーが、学に向けて放たれる。

 アポロが眼前に氷壁を展開し、防壁を築く。

 形状を調整した氷は、光を屈折させ、レーザーを逃がすが、余熱ですぐに溶けてしまう。

 次々飛来するレーザーに対応するため、アポロは魔力を大量に失い、肩で息をする。

 このままでは、まずい。

 そう思った時、魔銃が黒い光を放った。充填完了だ。


「こっちも良いわ! どうするの!?」


 ツバキの声に頷いて、学はネフィルを呼ぶ。

 足元の陰から顔を出した彼女に、作戦を説明する。


「チャンスは、一度きりだ」




◆◆◆◆◆



 既に、魔力は尽きかけていた。

 香川倫が今戦っているのは、気力がそうさせているに過ぎない。


(だけどっ、私は嬉しいから! 学が信じてくれて、背中を任せてくれて!)


 速度重視のブルーフォームも使用不能になり、万能型のレッドフォームを失えば、丸裸だ。

 だが、恐れはない。痛みもない。

 学がやると言った以上、駆け付けてくれると信じるからだ。


 新たな光線を回避しようとしたとき、酷使した足が悲鳴を上げた。足首を挫いて、姿勢が崩れる。


「……しまっ!」


 レーザーの光が、倫を照らす。

 〔神速〕で駆け付けたアリサが彼女を押し倒し、辛うじて回避する。

 だが、立ち上がる余裕はない。次弾を回避できない!


「ごめん! ありがとう! 〔万能のベルト〕!」


 鎧をベルト形態に戻し、レーザーに向けて投擲する。

 魔法合金の筐体が、わずかにレーザーの軌道を逸らす。ふたりは転がって、難を逃れる。

 もう次は無い!


(……学!)


 目を閉じる気は無い。

 敵を精いっぱい睨みつけて、最後の最後まで戦い抜く。

 それが、香川倫のヒーロー道。

 これで学とお別れになるかも知れない。でも、自分の生き方は貫く!


「待たせたな!」


 覚悟を決めた時、学の声が戦場に響いた。

 倫たちが武史の目を引き付けている隙に、武史の足元にネフィルが展開した影から、学が銃口を突き出した。


「こいつで終わりだ! 〔破壊砲〕!」


 トリガーを絞った瞬間、銃口から莫大な魔力が対象めがけて殺到する。

 学の作戦はシンプルだ。

 普通に撃って、周囲を破壊するなら、下から空中に撃ち上げれば、被害は最小限に抑えられる。


「これだけじゃないわ!」


 続いて影から飛び出したツバキが、最大出力で魔剣を振るう。

 破邪の力の奔流が、直上の敵を貫かんと打ちあがってゆく。

 ふたつの力は、女神に与えられた魔力と防壁をはぎ取り、大気圏を突破。宇宙空間を駆け抜け、やがてエネルギーを失った。


 勇者たちは全てを出し尽くして崩れ落ちる。

 これで終わりにしてくれ、誰もが思った。


 だが、女神の奸智はさらに上を行っていた。

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