第2話「妹は復讐者の人生相談をする」
助けた少女は「ツバキ」と名乗った。
30分も休憩を取ると、あんなにぐったりとしていたのが嘘のようにはっきりとした口調でお礼を言った。
先ほどの様子は演技かとおもったが、先ほどは確かに全身傷だらけだったし、今も体は落ち着いた代わりに、ぐったりと疲労を感じさる様子で、椅子に座り込んでいる。
菅野和美は、厄介事に巻き込まれたかな? と思うが、特に後悔を感じないのは、兄と同じ血が流れていると思う。
「ねえ、大丈夫なの?」
「ええ、なけなしの魔力で傷を治したせいで、欠乏症になっていただけだから」
「魔力?」
最近の兄がそんな話を良くするが、彼女もお仲間だろうか?
容姿や体格から、同年代か年下かと思ったが、話しぶりからはもう少し年上の様だ。兄と同学年かも知れない。
水着みたいな服装で往来を歩くのは賛成しないが。
後で、兄には説教しておこう。
「ねえ、あなたひょっとしておにぃ……菅野学の知り合いだったりする?」
何気なく問いかけた言葉に、ツバキの表情が変わった。
一瞬だけ激情を込めた瞳で和美を睨みつけ、やがて諦観の表情で視線を下げた。
「そう。あなたが菅野和美なのね。顔を見て思い出さないなんて、我ながら間抜けな話。今の私にはもう関係ないけど」
かわいそうなくらいにしょげ返るツバキにいたたまれなくなって、和美は椅子を立った。
「ちょっと待って、話を聞く前に、何か軽いものでも食べましょう。ツバキさん、クッキー好き?」
返事を待たずに手を動かす。
しょげかえる人間の尻を叩くのは、防衛隊のメンバー相手に慣れているのだ。
クッキーはスーパーで買ったやつだが、紅茶は来客用のを奮発した。
「さあ、へこんだ時は、甘いものよ!」
どうぞ、と手を差し出す和美の前に、並べられたクッキーと紅茶を見て、ツバキの瞳に僅かに光が灯る。
くんくんと鼻をならして、紅茶のカップに顔を近づけた。
「お、先に紅茶いくか! 結構自信あるのよ。親戚に良い葉を送ってくれる人がいてね。普段は面倒臭いからティーパックだけど、特別な日にこれを家族で飲むの」
ツバキは、そんな和美の話などどこ吹く風で、震える手でカップを唇に持ってゆく。
「……同じだ」
「同じ? 同じ銘柄を飲んだことがあるの?」
「ちがう。家族の味。忙しいパパが、家に戻ってきた時は、必ず紅茶を入れてくれた。屋敷のコックが作ってくれたケーキを食べながら、お仕事の話とか、魔法の話とか、いっぱい話した。パパが死んじゃってから、色んな紅茶を飲んだけど、どれも違うの。これが、パパの……、パパの味……」
独白はすすり泣きに変わっていた。
彼女に何があったのかは分からない。でも、今するべきことは分かった。
無言でツバキに歩み寄り、そっと抱きしめる。そして、ただ一言、
「辛かったね」
とやさしくささやいた。
和美は、声をあげて泣くツバキを、辛抱強くあやし続けた。
落ち着いたツバキが語ったのは、とんでもない、と言うか荒唐無稽の話だった。
ツバキは魔族の娘で、異世界に召喚されて勇者になった兄が父親を罠に嵌めて倒した。彼女はその復讐のために地球にやってきたが、兄に返り討ちにあった上に、父が魔王を止めるために進んで手にかかったと知ってショックを受けた。
普通に聞いたら、一笑に付しただろう。
だが、最近の兄の様子や、ツバキの魔法、そして何より彼女が嘘を言っているようには全く見えず、妙に納得している自分がいた。
「なんか、うちのおにぃが御迷惑をおかけしました」
「いいの。大泣きして気付いちゃったの。私はただ、父を失った悲しみの行き場を探していただけ。魔王にお父様が粛清されて、友達も使用人もいなくなって、手を下した魔王ももういない。菅野学に怒りと悲しみをぶつけなければ、私は私を保てなかった」
「ううん、ツバキは悪くない。おにぃは割とえげつない事するけど、きっと守るために仕方なくやったんだと思う。だからおにぃも悪くない。でも、それが仕方ないからと言って、奪われた人が怒ったり悲しんだりしちゃいけないなんて、そんなことあるわけない」
ツバキは「そう」とだけ返して、空のティーカップに視線を落とす。
「わたし……もうどうしたら良いか」
「行くところ、ないんだ?」
「ええ、今さらサーシェスへ戻っても、身内も誰もいないし、父が死んで手のひらを返した人たちを頼る気も無い。自分の心と向き合えなかった罰ね。もう私には、何もない」
そっか。
和美は自分の中で何かがストンと落ちた。
今のツバキは、あの時、兄とふたり公園をさまよっていた自分と同じなのだ。
あの時は、倫と千彰が自分を救ってくれた。
だったら、同じことをするだけではないか。
「決めた! ツバキちゃんは今日から私の妹だから!」
「……は?」
「家に住みなさいよ。お父さんを説得するのは骨が折れそうだけど、今のおにぃなら勇者的なアレコレでなんとかしてくれるでしょ。家に来るなら、毎日紅茶を入れたげる」
ツバキは狐につままれたようにぽかんと口を空けたが、慌てた様子で「おかしいでしょ!」と抗弁する。
「私はあなたの兄や友達を殺そうとしたのよ!?」
「私の兄や友達はそんなことぐらいで人を見捨てるような人間じゃありませーん。ただし、貴方自身がそれに向き合えればね」
「わたし、自身が?」
自分に問いかけるようにつぶやくツバキに、和美は頷いて、二杯目の紅茶を注いでやる。
「ちゃんと話してみなよ。おにぃと」
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