第3部「決戦編」

第1話「結界」

 15時20分。

 河衷の町は光の壁に包まれた。

 外界との通信は途絶し、壁を越えようとした者も、強い力に阻まれ、内部に引き戻された。

 町内はパニックになった……訳では無かった。

 町内の全員が強い睡魔に襲われ、死んだように眠りこけたからだ。


 勇者と〔軍団バタリオン〕の、いや、その黒幕との戦いが最終局面を迎えようとしていた。




◆◆◆◆◆




「駄目だ。マジックアイテムだけじゃなくて、携帯も通じない」


 〔鉄壁の肩当て〕によるフィールドでクラスメイト達を包み、菅野学は状況を確認してゆく。


「とりあえず、町内での通話はできるみたいね。私達の連絡先も交換しておきましょう」


 頷いてスマホを操作する学に、周囲の魔力を探知していたアポロが「眠りの魔法は治まったみたいだ。もう防壁は解いて良いよ」と告げる。

 彼らが校庭に出た時は、体育館に避難した他のクラスや教職員は、全て眠りについていた。


 どうやら〔軍団〕は、ここで決着をつける腹積もりらしい。

 今迄退けた勇者は8人。あと何人の戦力があるのかは分からないが、恐らくそう多い人数では無い筈。

 だが、これだけの数の勇者を従えているのだ。頭目は相当な力量の持ち主だろう。烏合の衆ではあるが、ツバキサーペントや〔騎士ナイト〕のような実力者が、力の無いものに従うとは思えない。


「とにかく、ツバキを捕まえて情報を得ないと。捕らえた〔軍団〕の勇者からは、あいつが〔元帥マーシャル〕とか言う頭目と繋がりがあると聞いた」

「魔力探知機は?」


 アポロの質問には、首を振るしかない。

 河衷町全域に、ありえないほどの魔力が充満している。

 この状況で探知機は飽和状態の魔力に反応してしまい、意味をなさない。


「ツバキの魔力は砕いた魔石から読み取ったから、それをマジックアイテムで追ってみるよ。探知機を使うより効率は悪くなるが」

「魔力の流れなら、僕も読めるし、僕が行こうか?」

「いや、アポロはここに居てくれ。〔魔導士〕のジョブ持ちはお前だけだから、何かあった時に対応できる場所にいた方が良い。それに……」

「ツバキとは自分でケリをつけたい……かい?」


 眉をひそめるアポロに「すまん」とだけ告げる。

 彼にはサーシェス時代から、割と無理な頼みを聞いて貰っているなと、申し訳なく思う。だからと言ってこの件は譲る気持ちは無かった。


「僕はこの件について口を出す気は無かったけどさ」


 苦言するアポロからは、飄々とした態度の彼には珍しく、言葉の裏から不機嫌さが感じ取れた。


「アリサとは君より付き合いが長いし、姉みたいに思ってる。だから、あんまり拗らせて彼女を泣かせるようなことはしないでくれよ」


 念を押すアポロに再び「すまん」と返す。

 こんな事では駄目だと思うが、倫に過去を受け入れて貰いながら、学自身はまだこだわっている。それはきっといけないことだ。

 だけど、過去を受け入れれば、自分が見殺しにした村人や、辱めを与えられて死んだザンキが生き返るとでも言うのか。

 いたたまれなくなって、「じゃあ、行ってくる」と踵を返した。


「倫、アリサ、ここは任せたぞ」


 呼びかけられたふたりは、ぱっと表情を輝かせ「任せて!」と返す。

 ふたりを大切に思っているのは間違いない。多分、愛おしいとも思っている。

 どちらかを選ばないといけない時が来たら、死ぬほど悩むだろう。

 でも、思ってしまうのだ。


 どうして俺なんだ、と。


 学は他の勇者とは違うのだ。

 正道を歩まず策を弄してその手を血で汚した。

 そんな自分が他人を幸せにできるのか? できるとしても、その資格があるのか?

 多分、それをふたりに告げたら一笑に付すだろう。いや、怒るだろうか。


 だけど、それに甘える気になれなかった。


(きっと、アポロの言うように、拗らせてるんだろうな)


 だから、ふたりとちゃんと向き合うために、学はツバキとケリをつけなければならなかった。




◆◆◆◆◆




「どうやら、分散する様ですねぇ。好都合です」


 白衣に身を包んだ勇者は〔隠蔽〕の魔法に守られながら、校舎の屋上から勇者たちを見下ろした。

 使用中は能力が大きく制限されるため戦闘には使用できないが、偵察にはもってこいだ。


「ふん、いつまで搦め手を使うつもりだ? 最初から全力でかかっていればあのような者たちなど一網打尽であろう?」


 レザー系の装備で身を固めた勇者が悪態をつく。

 南洋系の顔立ちだが、体格はがっしりしていて、腰には巨大なリボルバーが吊るされていた。


「そうはいきませんよ。でしたから。使目的もありましたし」

「ふん、〔元帥〕の目的に賛同はしているが、まどろっこしいのは好かん!」


 銃使いの勇者は、苛立たし気に腰のホルスターを叩いた。


「では、今までの鬱憤を晴らす意味でも派手に暴れて下さい。その後には、念願の世直しが待っています」

「言われなくてもそうさせてもらう。舞台は、整えておけよ」

「ええ、彼らは数こそ多いですが、クラスメイトを守りながら戦わざるを得ない。正義の味方は辛いですねぇ」


 白衣の勇者はくくくっと笑うと「ここは任せます」と告げて、転移魔法を使用した。結界内で使えるのは女神の加護を受けた〔軍団〕メンバーのみ。

 本来なら魔力を読み取られて位置を露呈するが、町内に魔力が充填している状態では探知は難しい。


「さて、どいつから料理してやろうか」


 〔元帥〕が信頼する生え抜きの勇者〔隊長コマンダー〕は、舌なめずりしながら校庭に集まった生徒たちを見下ろした。

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