第3話「勇者は肩透かしを食らう」
リビングのドアを蹴り明けて、和美救出に赴いた学が見たのは、仲睦まじくお茶をする仇敵と妹だった。
「ええと、あの、どういうこと?」
「と言うか、外の様子は見なかったのかよ! 大変なことになってるんだぞ?」
「え? ツバキと話してて気づかなかったわ」
がっくりと肩を落とす学。
ツバキも「私も魔力が戻ってなかったから。ちょっと失礼」と、いけしゃしゃあと学の魔力をつまみ食いし、周囲の魔力を探知する。
「なにこれ? 巨大な障壁! 一帯に魔力が充満してる? 広範囲に眠りの魔法も使われたの?」
「え? 何で私無事なの?」
「前、広島に行ったときにゲーセンで取ったキーホルダーをやったろ? あれにちょっと細工を……」
「おにぃ、後でお説教!」
「……ごめんなさい」
即座に謝罪する学。
和美のヒエラルキーは菅野家でも防衛隊でもトップなのだ。
「あなた、いつもそんななの? 今まで倒された魔将軍が泣くわよ?」
「うるせー、放っておけ」
怒った和美は、それこそ魔将軍級に恐ろしいのだ。
「とりあえず、敵対する気は無いんだな?」
念を押す学に、ツバキは「とりあえずはね」と応じた。
「力を貸してもらう。俺の魔力を吸収しろ」
「はあ! あれだけやった私を信じるって言うの!?」
学は「分かってねーな」と前置きして、魔力を渡すため右腕を差し出した。
「俺はお前を嫌ってないって言ったろ? それに、お前がまだ復讐する気なら、和美はとっくにあの世に行ってる。あとは‥‥」
「あとは?」
「妹が気に入った人間をいい加減に扱ったら、しばらく冷たい目で見られる」
ツバキは「シスコン!」と叩きつけるように言って、右腕を取った。
和美はそんなふたりを見て、何故かうんうんとドヤ顔で頷いている。
魔力を放出する傍らで、スマホを取り出して千彰を呼び出す。
首のバッジに仕込んだ魔法通信機が使えれば手を使う必要は無いのだが。
この件が落ち着いたらヘッドセットを買おうかなと、どうでもいいことを考えるが、通話はなかなか繋がらない。
少しづつ、不安感が頭をもたげてくる。
『学!』
電話口の千彰は、随分と焦った様子で、一言で危機的状況であることがうかがえた。
魔法通信なら、もっと多くの情報をやり取りできるのだが、携帯の通話なのがもどかしい。
「どうした?」
『襲撃を受けた。アリサさん達が戦ってるけど、苦戦してる!』
「アリサとアポロが? まじかよ!」
『それとごめん! 加納さんが目を離した隙に逃げ出した?』
「逃げた? 何のために?」
『分からない。敵はそれを止めなかったから、きっと何かの作戦だと思う』
「……こちらを分断したままにする考えか。分かった。俺が探しに行くから、そっちは目の前の相手に専念するよう伝えてくれ」
通話を切ってふたりに状況を説明しようとして、言葉が止まる。
すぐ近くに、学を挑発する様に大きな魔力を感じたからだ。
ツバキに視線を移す。
「まだ倒していない〔
「リーダーである〔
「じゃ、外にいるのは〔博士〕の方だな」
学の予測に、ツバキは頷く。
「なんで?」と緊張感無く尋ねる和美に、「周囲に魔力が複数ある。一般人をけしかけてくる気だろ。精神操作系が良く使う手だ」と無感動に答える。
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないが、大丈夫にするのが勇者だ」
「そっか。おにぃ、ちょっとカッコよくなっちゃったかも」
今までの態度は何処へやら、「まじで?」と食い気味に身を乗り出す学を、ツバキは呆れ顔で見つめた。
「はいはい。先行くわよ。まったく、私はなんで今までこんな男に……」
ぶつぶつ言いながら玄関のドアノブをひねるツバキを、学が「ちょっと待った」と呼び止めた。
「こいつを渡しておく」
投げ渡したのは緑色の魔石。今渡されたものなのに、ビックリするほど手になじむ。
「これ、魔剣のコア?」
「お前の魔石は、さっき砕いちまったからな。代わりはめ込んでみてくれ。使えるはずだ」
「……って、砕いたのさっきじゃない! いつこんなもの用意してたのよ!?」
「ザンキに頼まれたんだよ。『もし娘と和解することがあれば、貴殿が手渡してやって欲しい』ってな。随分と面倒事を押し付けられたもんだぜ」
「お父様が……」
ツバキは、魔石を握りしめ、胸に当てた。
小さな声だったが「ありがとう。パパ」と言うつぶやきが聞き取れた。
「気をつけろよ。前の魔石はイミテーションみたいなもんだ。こっちは本物で威力も切れ味も段違いだが、消費魔力も大きい。使いどころを間違えるとすぐガス欠になるぞ」
学の忠告は「平気よ」の声で遮られた。
そこには自信満々と言った体のツバキがいた。
「だって、使い放題の電池がここにあるでしょ?」
「俺は電池扱いかよ」
学は渋い顔で答えるが、悪い気はしない。
確かに燃費が悪いツバキの魔剣も、彼女のスキル〔魔力吸収〕と学の〔無限の魔力〕を併用すれば相性が良い。
「じゃあ、行きますか!」
「ふたりとも、頑張って!」
2人は玄関を潜り、戦いのフィールドへと踏み出した。
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