第25話「勇者は復讐者と雌雄を決する」★

「アポロ・ギムソン! 貴様は我が友〔コンドル〕が討伐に向かったはず!」


 アポロは不快そうに眉をひそめ「ああ、彼ね」と返した。


「僕の婚約者を人質に取ろうとしたのが間違いだったね。結論から言えば彼は倒したけど、どうなったか、詳細を聞きたい? ヒント、ホッチキスで指を……」

「いや、待て、それ以上はいい」


 学は首をぶんぶん降って話を遮った。そんなエグイ話は聞きたくない。

 〔鷹〕とやらは、虎の尾どころか竜の逆鱗を踏み抜いたらしい。


「まあ、とにかく倒されたふりをして油断を誘った訳だよ」

「おのれぇ! よくも我が同胞はらからを!」


 〔男爵〕は怒りに任せ、足元の氷を引き剥がす。

 アポロは無感情に「へえ、やるじゃないか」と寸評する。


「しかし、俺たちは連絡先交換してなかったよな? 一体どうやったんだ?」

「君にもらったもみじ饅頭だよ。あれの住所を調べて近辺を探査アイテムで調べまわったら引っかかったのさ」

「なるほどね。それでお前に渡したアイテムが飛び回ってたのはそういう事か。あれを見なきゃもっと焦ってたかもな」


 学はツバキに向き直り「さあ、どうする?」

 彼女はドスの利いた声で「殺す」とだけ言い放ち、ポーチから魔剣を取り出す。


「アポロ、そっちは任せた!」

「うん、任された! 召喚!」


 アポロはローブと杖を召喚して、目の前の〔男爵〕を見据えた。




「じゃ、こっちも決着をつけよう」

「いいわ。もうどうでもよくなったし。みんな吹き飛ばして終わりにしましょう」


 魔剣を掲げて、ツバキが言う。

 その焦燥と罪悪感は、きっと学と同じものなんだろう。


「ツバキ、俺はお前に散々苦労させられたし、大事な人間を殺されそうになった。でも俺はお前を嫌いきれない。お前の憎しみは、全部ザンキへの愛情と尊敬からくるものだし、その口と底意地の悪さは他人とは思えない」

「……何が言いたいの?」

「いや、多分言っても無駄だから、魔銃こいつで語るよ」

「……そう、じゃあ殺してあげる」


 ツバキは、魔剣に膨大な魔力を注ぎ込んでいく。

 多分、こいつを放置したらこの辺一帯はクレーターだ。

 悪いが、不発に終わらせる。

 学は、マジックポーチから銀で術式を書き込んだ特別製の弾頭シェルを取り出した。


 破壊砲。


 学が編み出し、魔王の首を斬り落とした極大魔法だ。

 〔無限の魔力〕が供給する莫大な魔力を魔銃〔デバステイター〕から撃ち出し、あらゆるものを消滅させる大技だが、この魔法は通常の極大魔法と違い、効果範囲を制御できることだ。

 効果範囲を極小に絞る事で、レーザーの様に対象を切り裂くことが出来る。


(……魔剣をピンポイントで狙い撃つ!)


 魔銃のサイトをのぞき込み、その時を待つ。

 ツバキの魔剣がきらめいた瞬間、学はトリガーを引いた。




(これが、〔破壊の勇者デストロイヤー〕の極大魔法!)


 ツバキがチャージした魔力を、とっさに防御に回したのはほぼ生存本能によるものだった。

 極大魔法は、使用後の隙が大きい。これを防ぎきって、〔無限の魔力〕が戦う力をチャージする前に、残った魔力でとどめを刺す。

 だが、彼女はまだ〔破壊の勇者〕を侮っていた。

 〔破壊砲〕は五重に展開した防壁に次々とひびを入れ、貫いてゆく。


(魔将軍クラスの極大魔法ですら防げる防壁なのよ!?)


 父に教わった防御魔法は、魔族が使う中でも最強クラスのものだったが、あくまで戦略レベルの広範囲攻撃を対象にしたものだ。

 全エネルギーを貫通力につぎ込んだ〔破壊砲〕を防ぎきる事は、そもそも前提としていなかった。

 防壁が破られ、ツバキは魔力の奔流を父の形見、魔剣で受け止める。

 深紅の魔石か赤熱し、自壊してゆくのが、スローモーションのように見えた。


 魔石が、爆ぜた。



◆◆◆◆◆



 大量の魔力を放った反動でぐったりと崩れ落ちる学に「おつかれ様」と声がかかる。

 見るとアリサと倫が仲良く〔男爵〕をふんじばっていた。


「相手は逃げたようだね」

「魔剣が守ってくれたとは言え、〔破壊砲〕を食らったんだ。しばらくは動けんだろ。探し出して、今度こそとことんまで話すさ」


 尋ねてくるアポロにそう告げて、倫に向き直る。 


「倫、俺は……」


 次の言葉を言う前に、強烈なフックが学の顎を襲った。

 マジックアイテムで身体強化しているのにもかかわらず「目から火花が出る」と言う慣用句を実際に体験するような衝撃だった。


「今回はこれで許してあげる。でも、いつまでも私が何を怒っているか気付かないようなら、もっときついのが待ってるから」

「……すまん」

「あと、全部聞いた。でも、何も変わらないわ」

「……そうか」


 みっともないことこの上ない。倫は自分の虚像など初めから見ていない。そんなこと、分かり切っていたのに。

 倫は学に笑いかけ、続いてアリサと微笑み合った。


「お前ら、今日会ったばかりだよな?」

「あら、友情に時間は関係ないわよ?」

「共に死線をくぐって生まれた友情に目がいかないなんて、学もまだまだだわ!」


 はいそうですかと、どっかり腰を下ろす。

 「今回も、土俵際で何とか守れたな」と学。

 もともと、情報不足な上に頭数でも負けていた状態だが、倫の参入とアリサ達が合流でなんとか五分まで持ち直した。

 そろそろ、攻撃に転ずる頃合いだろう。

 そんな事を思っていると、危機が去って茫然としているクラスメイト達の中から、望月静磨が倫の前に出る。


「香川、どうか許してくれ、君だけは助けたかったんだ」


 その物言いに、何人かの者たちが眉をひそめた。

 皆学の顔色を窺っているが、学はこの件に介入する気は無い。

 自分の相棒なら、多分最善の収め方をすると思ったからだ。


「それじゃあ、これで」


 乾いた音が教室に響いた。

 倫が静磨をひっぱたいたのだ。 


「自分を繋ぐ鎖を千切れるのは自分だけ。なのにあなたは痛みを恐れて誰かにそれをやって貰おうとした。その結果色んな人を傷つけたことは、ちゃんと気付けてる? 私はこれでチャラにしてあげるけど、他の人たちにどう償うかは、自分で考えなさい」


 歯を食いしばる静磨に、倫の言葉は通じただろうか。

 きっと変われるかどうかは、倫の言葉通り、これからの彼次第なんだろう。


「僕は、君が……」


 言いかけた静磨に、倫は一瞬目を見開くと、首を振った。


「ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられない」


 静磨はうなだれ、そして少しだけ晴れやかに「やっぱり、菅野を?」と尋ねた。


「ええ、私は学が好き!」


 ぶほっ!


 話を聞いていた学が盛大に吹き出した。

 いままで疲れ切った顔をしていた木本が「わーお!」と声を上げた。


「えっ、今の、どういう?」


 テンパってきょろきょろ見回す学を無視して、「倫! 偉い!」「やっと気づいたんだね! おめでとう」と美都と千彰が盛り上がっている。


「あー、先制攻撃を食らっちゃったわ。これは私も応えない訳に行かないわね」


 アリサが謎のコメントをして、ずんずんと学に近づいてゆく。


「ど、どうしたんだアリサまで。なんか顔赤――」

「学、あなたは面倒臭い馬鹿だわ。意地っ張りだし、人の話は聞かないし。でもね……」


 続きを聞けなかったのは、頬に熱烈な口づけを受けたからである。


「I Love You!」


 満足げにパチパチと拍手をするアポロ。

 反対に千彰と美都が「あーあ、そういう事か」と言う顔をする。

 肝心な学はと言えば、完全にオーバーヒートをおこし頭から湯気を吐いている。

 「これだからヘタレはだらしない」と言う美都の声は届かなかった。


 3軍のオタク勢は、さっきまで死にそうだったのも忘れて「ラブコメ野郎は実在したですぞ!」と大盛り上がりをしていた。

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