第24話「ツバキ」★

 同時刻。


「ちっ! あんたどれだけ魔力が無尽蔵なのよ!」

「どうした? 攻撃にキレがないぞ?」


 何重にも放たれるツバキの〔光子銃レイガン〕に、学は〔鉄壁の肩当て〕を展開してクラスメイト達を庇う。

 自分に向けられた攻撃は、全て魔銃〔デバステイター〕で撃ち落とした。


 魔力をコストに防壁を張るマジックアイテムも威力重視の魔銃も、魔力の消費は相応に大きい。

 〔無限の魔力〕のスキルを以てしても相応に苦しいが、まだ収支ではプラス。ツバキが隙を見せたらすぐさま反撃が可能だ。

 それにもう少し時間を稼げば、反撃の糸口が掴める。ツバキの読みに反して、時間は彼の味方・・・・・・・だ。


「あなたの幼馴染がこんな状況なのよ!? 焦りとか無いワケ!?」

「……焦っているのはおまえだろう?」


 余裕ぶって見せるが、本当は恐ろしく焦っている。すぐにでもここを放り出して駆け付けたい。

 だが、今は信じる。香川倫を、そして仲間・・を。

 彼の態度を虚勢と思い直したのか、ツバキが嗤う。


「随分大事みたいね。あなたの幼馴染は。目の前で切り刻むのが楽しみ。他の教室は人払いの魔法で空だから安心なさい。縊り殺すのは関係者だけでいいわ」


 おかしい。

 〔光子銃〕の威力を絞っているとは言え、〔無限の魔力〕を持つ学に消耗戦を挑むなど、ツバキらしくない。

 彼女がそれほどポーカーフェイスに長けているとは思えない。

 何か、秘密があるのだろうが。


 そう思った時、背中に衝撃が走った。

 望月静磨が、学の背中にタックルをかけたのだ。

 もちろん、常人の体当たり程度で揺らぐ学ではない。跳ね飛ばされたのは静磨の方だったが、〔鉄壁の肩当て〕の防御範囲からとびだしてしまう。


 反射的に静磨の前に防壁を展開したが、それで自分への防御が疎かになった。

 刹那、左肩に焼けるような痛みが走り抜け、歯を食いしばるが、続いて受けた重力魔法を頭上から受け教室の床に押し付けられる。


「彼、あなたが憎いらしいわよ。大好きな子を奪ってゆくからね」


 大好きな子? 何のことだ?


 立ち上がった静磨は、肩で息をしながらツバキに問うた。


「これで、香川倫は助けてくれるんだろうね?」


 ツバキは「そうね。確かに『考えてあげる』と言ったわね。だから考えてあげたわ。やっぱり菅野学の身内は全部殺す事にしたけど」と涼し気に言い放った。


「話が違う!」


 静磨の抗議を軽く流して、ツバキは通信魔法でバックアップの〔軍団バタリオン〕メンバーに呼びかける。


「〔男爵バロン〕。もう出てきていいわよ」

「応!」


 全身を岩の鎧で身を固めた中肉中背の男性が、窓ガラスを破って飛び込んでくる。

 ツバキは〔男爵〕の肩に手を当て、命じた。


「菅野学と仲が良い生徒だけ殺しなさい。あ、幼馴染2人は後で切り刻むから別にしておいてね」

「あい分かった」


 学と仲の良い旧3軍メンバーが小さく悲鳴を上げる。


「待ってくれ! 香川倫だけは!」


 すがりつく静磨を足蹴にして、〔男爵〕は進む。


「そうだ、菅野学のお仲間さん。魔力を込めたナイフを一本ずつ渡すから、菅野学に突き立てなさい。やったものは許してあげる」


 千彰と美都は即座に首を振るが、何人かの者達が顔を見合わせ、やがて一歩踏み出した。

 ツバキの表情に、愉悦が浮かぶ。


「何故!? 何故あなたは、学をそこまで!?」


 美都の問いに、「そうね。最後だし、話してあげてもいいわ」と告げた。


「菅野学は、罠に嵌めて捕らえた私の父ザンキの両腕と角を切り落とし、魔王に送り付けたの。役に立たなくなった父を魔王が処刑し、それを見た魔族たちが魔王と袂を分かつことを狙ってね。魔族にとって角を切り落とすことは最大の侮辱と知ってこの男は実行したのよ!」

「学……」


 学は呻くようにつぶやく「事実だ」と。


「……人類連合がどんなに力を合わせても、魔王軍に伍することは出来ない。人類が生き残るには、魔王の恐怖政治による魔王軍の結束に楔を打ち込む必要があった。全て俺が考えた事で、全責任は俺にある。俺を殺して鉾を収めて貰えないか」

「今更遅いわね。あなたは最後に殺す。散々いたぶった後にね」

「ひとつだけ、お前の知らない事がある。ザンキは全て知った上で、俺の策を受け入れてくれたんだ」


 学の言葉に、ツバキが浮かべていた愉悦の色が憤怒へと変わる。


「父を侮辱する事は許さないわ! 誇り高き武人であるザンキが、角を差し出すわけがない!」

「……本当だ。俺はザンキを好敵手として尊敬していた。できれば正々堂々と雌雄を決したいと思っていた。でも、ザンキは人類を滅ぼすと言う魔王の方針と魔将軍の責務で板挟みになって、それを何とかできるなら命を差し出すと言ってくれた」


 ぎりっ、ツバキが奥歯をかみしめた。

 確かに父ならそのような決断を下すと思ったからだ。

 だが、それを認めてしまったら、今自分が感じている憤りはどうしてくれるのだ。

 いままで復讐の一念で生きてきた自分が、無くなってしまう。折れてしまう。


「どうしたのっ!? 早く! 早くナイフを受け取りなさいっ!」


 金切り声を上げるツバキに、何人かが恐る恐る手を伸ばす。

 美都が「止めて!」と叫ぶが、その足は止まらない。


「待って!」


 声を上げたのは、小暮霧花だった。


「みんなっ、それでいいの!? 良く分からない大きいものに巻かれて、大事なものを大事と言えなかったり、手を汚したり。そんなのもういいよ! 十分だよ! ここで菅野君を刺して助かっても、これからきっと同じことの繰り返しになるよっ!」


 一星が「小暮……」と呟いた。

 ツバキに歩み寄った男子生徒が「でも、俺死にたくないよ! どうすりゃいいってんだよ!」と声を上げた。


「だって、菅野君だよ? 今までどうにかしてくれた菅野君だよ!? 今度も何とかなるよ!」


 立ち止まった男子生徒が、後ずさりした。


「いい加減に……!」


 ツバキが声を張り上げ、注意が学から逸れた。


「小暮、時間を稼いでくれて、サンキューな! 確かにこういう時何とかするのが勇者だ」


 起き上がった学は、チャージした〔鉄壁の肩当て〕をフル稼働させ、魔力の壁でクラスメイト達を覆う。


「こいつっ!」


 飛び掛かってきた〔男爵〕を〔反射の額当て〕にチャージした〔光子銃〕をぶつけて吹き飛ばす。


「さあ、これで守りながら戦う必要は無くなった。お前のスキル、魔力を吸い取るスキルだな。さっき〔男爵〕に触れた時、魔力をチャージしたんだろ? 恐らく敵や供給役の魔力を奪いながら戦うスタイルなんだろうが、俺の魔力量はまだまだ十分にある。再戦と行こうか?」

「うるさいうるさいっ! あんたは手傷を追って、しかも防壁を展開しながら2対1で勝てると思ってるの!?」


「学ならそれでも勝ちそうだけど。別に2対1でもないけどね」


 教室の床が氷結し、〔男爵〕の足元を固めた。

 魔力を込めて氷を溶かそうととするが、余程強力な魔法なのか、一向に溶ける様子はない。


「この氷は……!」

「僕の氷さ。これでも〔凛冽りんれつの勇者〕って呼ばれたから、そうそう溶かせるもんじゃないよ?」


 〔男爵〕が破った窓枠に腰かけ、〔凛冽の勇者〕アポロ・ギムソンが一同を睥睨した。


「さあ、学。とっとと蹴りをつけなよ?」

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