第22話「宣戦布告」★
「そうだ、学のところに行かないと!」
気が付いたら、学校の廊下に立っていた。
衝撃から覚めて、教室に振り返る倫の肩を、アリサが掴んで止めた。
「止めておきなさい。学に魔法を教わったようだけど今のあなたでは足手まといよ」
容赦のない言葉を向けられ黙り込む倫に、アリサは話を続ける。
「学とのやり取りを、〔長官〕の空間から見ていたわ。近くで見ていた私には断言できる。あの映像は事実だけど、学は必死になってひとりでも多くの人や魔族を救おうとした。村人を脅したのはそのために仕方なくとった行動に過ぎない」
「そんなことは分かっている」と言おうとした唇に指を当て、アリサは言葉を続ける。
「まあ、あなたの反応を見ていれば、特に動揺していないって分かるけど、きっとこれから重要になる事だから、話しておくわ」
あの時、学たち3人の勇者は、ホームタウンであるウルズの街が襲撃されると言う情報を得た。
既に戦いが始まっているらしく、転移魔法は使えなくなっていた。
直ちに駆け付けようとする3人に、滞在しているノール村の者たちは言った。
「この村も危険なので、3人の勇者の内、だれか1人でも残って欲しい。そうでなければ馬と食料は提供しない」
交渉役の学は、各個撃破される恐れがあり、誰か残ると余計に危険が増す事、ウルズの街で軍勢を食い止めればノールも安全になると粘り強く説いて、協力を頼んだが、そのために2時間を空費した。2時間の間に、天候が悪化し、道路がぬかるんだ。
勇者たちが無駄な時間をかけてウルズに帰還した時、街民は皆殺しにされていた。
良く利用した宿屋の親子、馴染みの酒場の店員、装備品を直してくれる気難しい鍛冶屋。皆殺されていた。
勇者たちに涙を流す時間は無かった。次なる襲撃に備えなければならないからだ。
しかし、転移魔法でノール村へ辿り着いた彼らに、村人は口々に言った「ほら、やはり間に合わなかった。初めからノール村に留まってくれていればよかったのだ」と。
そして、学たちが村から出る協力を拒んだ。
初めから、ウルズの街を救っていれば、村も危険にさらされることは無かったのに。
学たちにもう言葉を尽くす時間は無かった。
より多くを助けるため、彼は言うしかなかった。
「自分で何とかしろ」と。
それでも、防壁を作って身を固めていれば、まだノール村は助かる可能性が少なくなかった。
だが、勇者がいなくなると知った村人は、荷物を抱えて逃げ出した。全員が魔王軍の斥候に補足され、無残な最期を遂げた。
「私たちがとった行動はきっと最善では無かったでしょう。でも、彼は1人でも多く助けようと全力を尽くした。でも、彼は自分を許していない。『もっと助けられたはずだ』『自分がしっかりしていれば』そんな事ばかり考えてる」
確かに、学の気性ならそうなってもおかしくない。彼は、悪ぶっている癖に酷くナイーブで、そして優しすぎるのだ。
「ひとつ、良いかしら? あなたはそう考えないの?」
アリサは「そうねぇ」と顎に手を当て「ないわけじゃないけどね」とやんわりと否定した。
「救いきれなくて忸怩たる思いを抱えているのは同じだけど、私もアポロもクリスチャンだから。人間が全力を尽くして救えなかった者は、神様が救ってくださるわ。だから、死んでしまった人達は神様にお任せして、私はまだ人間の力で救える人たちを助けに行くわね」
倫は息をのむ。これが「勇者」か。
自分を追い詰めて壊れかけている学も、迷いを自分の中に呑み込んで、その上で人を助けに行くアリサも。
勇者とは、こんなにも真摯で、こんなにもかっこいいのか。
自分も……。
「さて、ヒーローちゃん。あなたはどうしたい?」
「ヘタレてる学をぶっ飛ばすわ!」
学は、何も変わらない。あの公園で出会った日から、何も変わらない。
人間が好きで、人の笑顔が壊れるのが大嫌いで、悪ぶって斜に構えて、拗ねている幼馴染。
引きこもっていた時、彼が駆けつけてくれて、とてもうれしかった。
きっと、彼が決断を下した時、誰よりも辛かったのだろう。何故、自分がそばにいられなかったのか。
だから、今度は自分の番。
彼の苦悩も拗らせたところも全部受け入れて、その上で卑屈で傲慢な心を叩きのめす!
「はっきり言っておくわ。私はあの馬鹿が、菅野学が好き。だから、あなたとは対等にやり合いたいと思ってる。あなたが彼を幼馴染としか見ていないなら、それはそれでいいわ。でももし私とやり合うなら、遠慮はしないわよ」
言われた。
心の中で曖昧にしてきたことを、はっきりと言われた。
凄まじい焦燥感が倫を襲う。
「私もっ!」
気が付いたら叫んでいた。
「私も、学が好きっ!」
自分でも意識していなかった。
でも、言葉にしてしまったら、その事実をすっと受け入れていた。
(そうか、私は学が好きなんだ!)
仲の良い親友だと思っていた。気の置けない仲だと思っていた。
だけど、倫にとって学は、そう言う人間ではなかった。
いつも暴走して滅茶苦茶をする自分にやれやれと肩をすくめて付き合ってくれる笑顔に、ずっと惹かれていたんだ。
アリサは「そうでなくっちゃ」と笑う。
「よろしくね。倫!」
「ええ、ヒーローにはお互いに尊敬しあえるライバルが必須よ! 私はこの試練に打ち克つわ!」
そこで、アリサは「ああ、こう言う子だったわね」と初めて不敵な笑いを崩し、苦笑した。
「じゃあ戻りましょうか。騒ぎになってないところからすると、多分何らかの魔法で戦場を隔離してるんだと思う。あっちは”もうひとり”も駆け付けているだろうから、ある程度は大丈夫だと思うけど」
「今度は、無様は晒さないわ!」
頷くアリサの表情が強張る。
「じゃあ、早速証明してもらおうかしら」
廊下の先からやってきたのは、巨大な角の付いた重装鎧を身に着けた巨漢と、髑髏の意匠を施したローブと大鎌を持った小柄な男。
〔
「某は〔
「私は〔
アリサは、不敵な笑いを再開し、「あーはいはい。〔参謀〕さんはパワーキャラで、〔少佐〕さんはスピードキャラかしら?」と尋ねる。
「それは、戦ってみれば分かる事だ」
「それもそうね」
アリサは、倫を振り返らず、「行ける?」と背中越しに問うた。
「もちろんよっ!」
倫は大股で前進し、アリサに並び立つ。
そして、マジックポーチから腰に、〔万能のベルト〕を召喚する。
「変身!」
深紅の軽装鎧をまとった香川倫が、ヒーローがそこにいた。
「倫、スキルや魔法の強さは、心の強さよ。それさえあれば、多少の経験差はひっくり返せるわ!」
「ええ、任せて、アリサ!」
はっきりとライバルの名を告げ、倫は強敵に向けて踏み出した。
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