第21話「神速の乱入」★

 魔力がうまく練られない!

 辛うじて発動させたレッドフォームで、倫は構えを取る。

 だが、自分の手が震えている事に気付き、拳を握って抑え込む。


 〔長官ガバナー〕の斬撃を辛うじてかわしながら、香川倫は胃液が逆流する程のプレッシャーを感じていた。


 相手の獲物はダガーの両手持ち。無手で戦う倫にとって、一番やりにくい相手だ。

 それに、学は心配ないだろうが、幼馴染やクラスメイト達に何かあったらと言う焦りが、彼女から冷静さを奪い取っていた。

 獣人の双眼が不気味に光って、倫は内心で震え上がる。


「この頭ですか? 嗅覚を向上させるマジックアイテムでしてねぇ。私は、これを使って手籠めにした女性の腸の匂いをかぐのが、たまらなく好きなのです。あなたも、おいしそうな内蔵の色をしていそうだ」


 舌なめずりする〔長官ガバナー〕に倫は内心で震え上がる。

 倫は〔万能のベルト〕をスピード重視のブルーフォームに変更しようとするが、精神の乱れから〔スピードチャージ〕のスキルが上手く発動しない。

 魔力を消費する倫に、〔長官〕はひっひっ、と下衆な笑いを浮かべた。


 後ずさる倫に、〔長官〕は一歩一歩距離を詰めてゆく。

 自分が愛したヒーロー達は、学は、こんな戦いを乗り越えて来たのか。


 甘かったと思う。魔法さえ習えば自分もいっぱしになれると信じていた。

 だけど、〔破壊の勇者デストロイヤー〕は最初からあんなに強いわけじゃない筈だ。彼は、心がヒーローなのだ。


(負けない! 絶対負けない!)


 倫は空手の構えからボクシングスタイルに変更する。

 こちらは多少齧った程度だが、この相手にはフットワークを生かした方が良い。


「では、少し血を出してもらいましょうか。随分鍛えておいでだから。きっと美味しそうな血の色なのでしょう……ねぇ!」


 連続で放たれる刺突を、倫は上体を逸らして回避する。

 薙ぎ払われたダガーには、腕を捌いてやり過ごす。ボクシングスタイルを使うからと言って、空手の技を封印する方は無い。


「ふむ、まあこんなところでしょうかねぇ」


 〔長官〕が後ろに跳ぶ。

 フォームチェンジの時間が稼げたと、ベルトに手をあてた一瞬の隙。彼女にとってそれが致命的だった。


 〔長官〕の両手から、魔力の帯が蜘蛛の糸状に飛び出し、倫の身体を絡めとった。


(しまっ……!)


 〔長官〕はひっ、ひっと鼻にかかったような笑い声をあげて、一歩、また一歩と近づいてくる。


「じゃあ、初物を頂きましょうかねぇ」


(学……ごめん!)


 倫は舌を突き出して、歯を当てる。この方法で死ねるのかはよく分からない。

 だが、こんな奴に良い様にされるのも、学の足を引っ張るのもご免だった。



「あなたの内臓も幻術にして記録してあげますよ。〔破壊の勇者デストロイヤー〕のお仲間も実に美味だった。あなたを捕らえたら、彼女が堕ちるさまを全部見せて差し上げましょう」




『私が堕ちるところねえ。悪いけど、未来永劫その予定は無いから』


 〔長官〕が背後に展開した空間から、光の筋が飛び出す。

 現れた金髪の女性は、見事な身体捌きで細身の剣を振るう。

 次の瞬間、〔長官〕の喉笛から鮮血が噴出した。


 ごぼごぼと血が噴き出す喉からやっと「お、お前……何故……」と言う言葉が絞り出された。


「確かに、あなたの幻術にはしてやられたし、まんまと捕まったわ。でも、幻術はあなたの専売特許じゃない。学からもらったマジックアイテムで逆にあなたの願望をに幻術として見せて、日本まで運んでもらったってわけ。ツバキって子も、あなたがスキルに慢心して取り込んだ人間に注意を払わない事まで見抜けなかったようね」


 〔長官〕の口から「た、たしゅけ……」と動くが、アリサは首を振った。


「あなたのスキルも、その使い方も危険すぎる。私にしたことだけじゃなく、多くの女性たちにしてきたことも許せないわ。ここで倒れなさい」


 断固として言い放つアリサに、〔長官〕は「ヒッ、ヒッ」と短い息遣いで悶えていたが、やがて動かなくなる。

 空間は、〔長官〕の亡骸を残したまま、ゆっくりと閉じてゆく。

 金髪の女性、〔神速の勇者〕は、茫然とする倫に振り返り、にっこり笑った。


「はじめまして、ヒーローちゃん。私はアリサ・ブランドー。学と同じ勇者よ」

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