第20話「勇者は過去の行いを暴露される」★

 教室に入った学たちに、クラスメイトの視線が集中した。

 半分は敵意、もう半分はどう接したら良いか分からない戸惑いだった。霧花も、心配半分困惑半分と言う顔を向けてくる。

 学は美都に目配せし、教室隅の座席に腰を下ろした。

 美都と千彰はクラスメイトに声をかけて回り、戸惑いは緩和されてゆく。


 だが、続いて教室に入ってきた男子生徒に全員が息を飲んだ。

 青あざを作り、頬に大きな湿布をした望月静磨だった。


「静磨、それ、菅野が……」


 加納里桜の問いを、彼は「ごめん、クラスメイトを悪く言いたくない」と遮った。肯定しているようなものである。

 いつもなら「三文芝居乙wwww」とおちょくる学だが、今日はおとなしく座席で講義の準備をしている。

 倫が暴発しないか心配だったが、今は不承不承と言う体で美都が作る輪に加わっている。


「ちょっと菅野! なんとか言いなさいよ!?」


 食って掛かる里桜に、しめしめと笑顔を押し隠し、困り顔で対応する。


「何のことだ?」

「とぼけんじゃないわよ! 静磨の暴力振るったでしょ!?」

「ああ、あの動画か。あんなもん白いカツラがありゃ撮れるだろ。良くある捏造動画だよ」

「開き直る気!? 顔だってあんたじゃない!」

「そう言われてもなあ。あんな遠くから撮ったんじゃ、顔が俺だと断言できんだろ」


 こういう時、周囲の印象は大事だ。

 あくまでも落ち着いて対応する学に、声をあげて食って掛かる里桜。どちらがに真実があるかはこれだけの会話では判断できないが、第三者からみて印象が良いのはどう見ても学の方だ。


「ちょっと! 贄川も何とか言ってよ!」


 里桜に助太刀を求められた丸刈りの贄川は、手に持った6次産業の解説書から視線を上げ、「まあ、菅野そいつならそのぐらいやるだろうが、俺たちが香川にしたことを考えたら、大した問題じゃ無くね?」とだけ告げ、再び目線を本に落とした。


 勝負あった。少なくとも、この場では。

 学がそう判断した時、教室が、夜の闇に包まれた。



◆◆◆◆◆



 気が付いた時、学ら1年C組の生徒たちは、「あの場所」にいた。

 目の前には黒い軽装鎧姿の学と、何人かの人影。

 「ホログラム?」と誰かがつぶやいた。


「勇者様、お願いします! どうか村を、村を救ってください!」


 ”あちらの”学は、地面に足を擦り付けて頼む老人に魔銃を向け、「失せろ」と吐き捨てた。


「勇者様! どうか村を助け……」


 食い下がる老人に、学は躊躇なくトリガーを引いた。

 耳元を魔弾がかすめ、老人が気絶する。


「そいつを連れてとっとと村へ戻れ。総出で防壁を建てれば、まだ襲撃に間に合うかもしれんぞ」


 言い放つ学の表情には、強い憎しみが宿っていた。


 次に映ったのは、焼き尽くされた村の映像だった。



◆◆◆◆◆



「どうかしら? これが菅野学の本性よ?」


 周囲の光景はいつの間にか教室に戻っており、ツバキが教壇に立っていた。

 以前のような制服姿ではなく、魔族の象徴である2本の角と、魔銃の毛で編んだ水着のような戦闘服を纏いる。


「悪党め! 捏造画像で防衛隊の絆を裂こうとしてもそうはいかないわ!」


 ビシッとツバキを指さす倫だが、その態度の裏にはどこか不安があった。それは千彰と美都も同じらしい。今朝の学の態度にもやもやとした割り切れない感情を感じていたからだ。


「じゃあ、本人に聞いた見ればいい。どうかしら? 〔破壊の勇者デストロイヤー〕さん?」


 学の顔を見た倫の顔が恐怖に歪む。

 だが、それも一瞬のことだった。


「……学、あとできつい一撃をお見舞いするわ」

「そうだ倫。俺はお前のバディになれるような人間じゃ……」

「だからグーパンチだって言ったの! 学が何を抱えているか知らないけど、それを仲間に打ち明けずうじうじ悩むなんて防衛隊の規則違反よ!」


 指の先は学に移された。

 学は喜びなのか、苦しみなのか、何とも言えない顔をする。


「お前、俺を軽蔑したりとか、そう言うの無いのかよ?」


 倫は「軽蔑?」とオウム返しし、「事情を聞いて本当に学が悪いことをしてたなら、するかも」とごく自然な口調で答えた。


「そうだね。どうせいつものように何か抱え込んだんだろうけど、それなりに訳があるんだろうし」

「まずちゃんと双方の事情を聞きなさいって昔千彰に言われたし」


 千彰と美都もどこ吹く風で、動揺の色は見られなかった。

 いや、動揺はしているのだろう。ただ、事情を聞かぬまま即断しない程度には、信じてくれていると言う事だ。

 学は「……そうか」と自分に言い聞かせるように呟いて、ツバキに向き直った。


「そう言うわけで、お前さんの試みは無駄撃ちだったようだぞ?」


 ツバキは「あんたのお友達って本当にくそったれね!」と吐き捨てると、右手を宙に掲げた。


「来なさい〔長官ガバナー〕!」


 パチンと指が鳴らされ、教室が「何か」に飲み込まてた。


「ちょっとこの人数は多すぎますが、まあいいでしょう」

「彼らを適当に弄びなさい」

「良いですねぇ。そう言うの得意ですよぉ」


 何処からともなく聞こえてきた声が不気味に反響して、辺りに響き渡った。


「学!」


 倫は叫ぶが、彼が何処にいるのかは分からない。いや、自分が今どんな状態なのかも杳として知れなかった。


「さあ、お嬢さん。まずはあなたからだ」


 背後からかけられた声に、振り返る。

 そこには、獣の面をかけた男性がこちらを眺めていた。

 獲物を殺す猫のような視線は執拗かつ偏執的で、倫は身震いする。


「まずは、あなたの身体を頂きます。次は、あなたの心だ。〔毒蛇サーペント〕からあなたの話を聞いてから、ずっと壊したいと思っていました」


 倫は、震える手でベルトを召喚しようとする。

 ヒーローの初戦としては、あまりにも相手が悪かった。



◆◆◆◆◆



 学とクラスメイト達は、別の何処かに放り込まれていた。

 ある者は悲鳴をあげ、ある者はすすり泣いている。

 学は強張った表情で、「大丈夫! 俺が守る!」と叫んだ。

 そんな彼を、ツバキは楽しそうに見下ろし、「良いのかしら?」と挑発してくる。


「あなたの幼馴染さん、大変ねぇ。今頃五体満足でいると良いけど。いまからクラスメイトを見棄てて追いかければ間に合うかもよ?」


 一瞬だけその選択肢が頭をよぎる。だが、それ以上は考えるまでもなかった。


「そいつは、グーパンじゃすまないから止めておくよ」


 ツバキは一瞬キッと眉を吊り上げるが、再び余裕を取り戻し、学を嗤う。


「そうそう、〔神速の勇者〕だったっけ? 彼女を仕留めたのも〔長官〕よ。彼は「勇者殺し」と呼ばれている、暗殺のプロ。幻術を見せたり、空間を操ったりする能力があるの。閉じ込めて嬲ったら、最後は従順になったそうよ。『彼女との時間は、夢のようなひとときだったよ』とあなたに伝えて欲しいと言っていたわ」

「……っ!」


 そうか、アリサが!

 ならば、まだ

 笑え。苦しい時こそ不敵に笑うのだ!


「本人に伝えてやれなくて残念だが、そいつはいいだったな。それ、人生最後の夢かも知れないがな」

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