第19話「逆襲」
眼前で拳を握ってぐぬぬする妹を、学は得意げに見下ろした。
「おにぃ、煮魚苦手なはずだったのに、なんで急にこんなに美味しくなるの?」
「ふっふっふ。また妹から一本取ってしまったようだな」
ホカホカと湯気を立てるカレイの煮つけを前に、ドヤ顔でそう言ってやると、和美の頬が風船のように膨らんだ。
何しろサーシェスでは地球の様に調味料が充実していないから、工夫でなんとかするしかない。発火のマジックアイテムを手に入れるまで薪で頑張ったから、火の扱いも熟練した。
「じゃあ、料理対決は俺の勝ちってことで良いな? さあ、何してもらおうかな? 何でもするって言ったよね?」
「ちょっと待っておにぃ! 私たち兄妹だからそれ以上は……」
「アホか! 週末の夕飯を俺の好物にしてもらおうと思っただけだ!」
にゃははと笑う和美に、つられて学も笑う。
菅野家の家族仲は至って良好だ。
「さ、父さんが帰る前に盛り付けちまおう」
棚から大皿を取り出していると、LINEが着信した。美都からだ。
本分には「大変!!!!!!!!」と大量のビックリマークの後に、URLが載っている。それをタップすると、クラスで使用している会員制SNSに繋がった。
貼り付けられた動画を見て、学は「ふむ」と鼻を鳴らす。
「やっぱりそう来たか」
それが、1軍からの逆襲であり、恐らくはツバキからの次の一手であった。
◆◆◆◆◆
「そんな余裕ぶってて大丈夫なの?」
「大丈夫だ。問題ない」
心配そうにする千彰に、学はドヤ顔で頷いた。
今日は登校前に例の公園に集まって、善後策を話す事になった。
手に持ったスマホから流れてくるのは、学が学校のトイレで撮った動画だ。
前髪半分が白髪の生徒が、男子生徒を殴りつけている。
もちろん身に覚えが無いので、意味するところは明白だ。
「子供たちとヒーローの信頼を壊す作戦なのね! 早く身の潔白を証明しないと!」
いきり立つ倫だったが学は「それ、無理」と頭を振った。
「ここまで映像を加工するのは並のCG技術じゃない。恐らく魔法が使われている。俺のマジックアイテムを使えば、作り物だって証明できるだろうが、そのためには魔法の存在を証明しないとな」
つまり、立証は可能だがそれをやるわけにはいかないと言う事だ。
意外な難問に、一同は頭を抱えた。
「じゃあ、どうするのよ?」
「どうもしない。この話題を振られたら笑って否定はして欲しいが、声高に違うと言って回らなくていい。俺は今までみたいに前に出ないで後ろに引っ込んでるから、今日からお前らが積極的にクラスメイトに話しかけて回ってくれ」
「どう言う事だい?」
「多少俺の悪評が立ったところで、お前らが楽しそうに振る舞ってれば早晩カーストは崩れるってことさ。ツバキがこういう手に出るのは想定済みだ。むしろ、倫たちも標的にされないかと危惧していたんだが、標的が俺一人で
得意げに語る学だが、周囲の空気が不穏なものになっていたことに気が付き、押し黙った。
「何よ! それ! 何で悪いことしてない学が皆に怖がられないといけないのよ!?」
いつになく真剣な様子で言い立てる倫に、学は息を飲んだ。
「俺の事は良いんだよ。俺は名を捨てて実を取るタイプなんだ」
いつもの調子で煙に撒こうとするが、千彰と美都も静かに頭を振った。
「学、僕もこの件は納得いかない」
「そーだよ! 学を犠牲にして楽しく振る舞えなんて、出来るわけないよ!」
言葉に詰まる学に、倫の態度は率直だった。
「学、何があったの?」
倫の問いには、「異世界で」という言葉が省略されていた。
分かっている。皆を信じているなら、今伝えなく手はならない。自分の手が汚れている事を告げ、その上で共に戦って貰えるか問わなければならない。
学は口を開きかけたが、すぐに言葉を飲み込んだ。
「すまん、この話は長くなるから、放課後に話そう」
「学!」
食って掛かる倫を、千彰が手で制した。
「約束だよ」
「ああ、防衛隊の絆を壊すような事はしないよ」
学は、ここで即座に全てを打ち明けなかったことを、すぐに後悔するようになる。
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