第16話「勇者は賭けに勝つ」

 小暮霧花が教室に入った時、誰もがこんな生徒いたかしらと小首をかしげた。


「霧花っち! ナイスおしゃれ!」


 親指を立ててウインクした美都の言葉で、はにかむ女生徒がどうやら小暮霧花だと言う事実にやっとただりついた。

 清楚系、と言ったら型にはめすぎかもしれないが、美都が見立てたワンピースの一本勝負は功を奏したらしい。ワンポイントのヘアピンも光っている。

 美都いわく「素材が良いからよ!」とのことだ。


 一星は「そうきたか」と眼鏡を押し上げ、「完全起業マニュアル」なる本を眺めていた丸刈りの贄川光雄が、「また菅野の仕業か」とつぶやき、再び本に視線を落とした。

 クラスのドカチン組は、ツバキの件を目撃しているが、学が「迷惑はかけないから見なかったことにしてくれ」で押し通した。

 それで大丈夫だと思う程度には、学は彼らを信頼しているらしい。


 一部女子が悔しそうに霧花と学たちを順番に眺めて、囁き合っているが、どうせ大したことは言っていない。

 加納里桜は望月静磨を捕まえて、あれこれと愚痴っているが、学にしてみれば勝利のファンファーレだ。


 霧花が何かを覚悟した表情で、ずんずん里桜に向かって歩いてゆく。

 一瞬どうするか考えたが、ここで彼女の決意に水をさすのは野暮だろう。


「私、もうユニシロちゃんじゃないから!」


 里桜は言葉を失い、木本達オタク勢が「おおー!」と歓声を上げた。


「……小暮さん、友達にそんな事を言ってを乱すのは良くないよ? 君だって心無い言葉を投げられるのは嫌だろう?」


 里桜の旗色が悪いと、静磨が助け舟を出す。

 霧花がぐっと唇を噛む。静磨の言葉は「これ以上逆らうなら、『心無い言葉』が飛んでくるぞ」と言う脅しである。


(だがな、矢面に立つことを過度に恐れる人間は、いつの間にか積んでる状況に気づくものなのさ)


 学は、続けて何か言おうとした静磨を遮り、大声で呼び掛けた。


「なあ一星! 放課後実力テストの勉強会やるんだ。来るよな?」


 加納里桜が「はぁ!?」と声を上げるが、当然無視する。

 ダメ押しに「それとも、まだ足りないか?」と畳みかける。


 鮫島一星は、やれやれと頭を振って、ため息を吐き「お邪魔しよう」とだけ答えた。


「ちょっ、何で一星があんたたちなんかと……!?」

「おおっと、に心無い言葉を吐くのは止めてもらえるかな? って、1軍リーダーさまが仰せだぞ?」


 言葉尻を取るような論戦は学の真骨頂である。

 サーシェスでは伊達に海千山千の貴族や商人と激論をかわしていない。

 わざわざイラっとくる表現を選ぶのは、性格が悪い自覚はあるが。


 一星の1軍脱退で、スクールカーストは、やりたいものだけがやるローカルな制度に格下げされたと言って良い。

 そして、スクールカーストの天敵は、好きな時に好きなものが脱退できる流動性だ。

 他に選択肢がある人間が、3軍などの立場に甘んじるわけがない。

 このクラスのカーストは今この瞬間を持って、足元から崩れ始めるだろう。


(……さあ、どう出るツバキ?)


 霧花を囲む輪を見守りながら、学はひとりごちた。

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