第13話「勇者は御曹司と賭けをする」

 鮫島一星がオフィスの商談室に戻った時、椅子にどっかりと座って缶コーヒーを楽しんでいる学が視界に入った。


「……どうやって入った?」


 一星は創業者一族とは言え、正式な役員や社員ではないので、個室など与えられない。

 なので、社内にいる時だけ商談室を間借りして使っていたのだが、鍵は存在するし、そもそもどうやってゲートを抜けて社内に入ったのか。


「まあ、いいじゃないか。今日は耳寄りな話を持ってきたぞ」

「……興味ない。守衛を呼ぶぞ?」


 にべもない一星の態度に、学は空き缶をコトンと置いて、挑発的に一星を眺める。


「ガラス事業、上手くいってないようだな。調べたら随分お役所とずぶずぶらしいじゃないか。お前さんは何としても成功させたいんじゃないか? 突破口を教えようか?」

「……」


 一星は無言で席に着くと、「続きを話せ」とうながす。

 どうせ大した話じゃないが、聞くだけはタダだし、こいつがどうやって入って来たか興味もある。



◆◆◆◆◆



 一星についてあれこれ調べた結果、理由は分からないが、河衷町で行っている事業に相当な熱意を持っていると知った。

 そして、彼以外の多くの中心人物が、事業にそれ程熱心でない事も。


 学は懐からUSBメモリを取り出し、テーブルに置く。


土橋どばし専務だったな。新規技術に予算を投じるのは反対で、お役所の『接待』で肥え太ってるのは。彼と町の広川課長とメールのやり取りがあるけど、欲しくないか?」


 一星の顔色が変わる。

 「どうせブラフだろうが、なぜ会社の内情を知っている?」と問い詰めるが、菅野学は「蛇の道は蛇さ」とのらりくらりとかわす。

 実際は、隠密魔法を自分にかけて、家にお邪魔してPCのログを引っこ抜いてきただけであるが。


「お前さんならこいつが本物かどうか簡単に確かめられるだろ? 別に取って食おうってわけじゃない。ちょっとした『賭け』をしようぜ」

「まず、話を聞かせろ」


 学は「そう来なくっちゃ」とニンマリと笑って、賭けの条件を提示した。


「お前が勝ったら、このUSBと、情報の出所を全部提供する。その代わり、俺が勝ったら1軍を抜けろ。俺たちと楽しく馬鹿やろうぜ」


 まるで「バンドやろうぜ」とでも言うような軽い勧誘だが、一星にしてみればちょっとした冒険だろう。1軍に未練はないが、彼らとサヨナラすることで起こる軋轢を考えると、容易に首を縦には振れない。

 だが、学には彼が賭けに応じると読んでいた。


「鮫島商会も、町役場も、ガラス事業を進めるリスクを負いたくない。どちらかと言うと、国からの補助金を長く貰い続けたいと考えている。だが、お前はそれだと困る。何としても事業を成し遂げたい。違うか?」


 仏頂面の一星は「……そうだ」とぶっきらぼうに答える。


「そのためには甘い汁で肥え太ったお歴々を黙らせる必要がある。すましているが、俺の情報は喉から手が出るほど欲しいんじゃないか? それを得るためのリスクが、不快極まりない1軍生活とおさらばなら、むしろご褒美。リスクは無いも同じじゃないか。じゃあいいや、賭けに参加すればどの道このUSBはくれてやるよ。どうだ? 大盤振る舞いじゃないか」


 一星は、切れ長の目を細めて、ふんと鼻を鳴らした。


「ノーリスクだと? 1軍の連中は少なくとも校内では強者だ。俺が3軍の連中に肩入れしたら、やれ守ってくれ何とかしてくれと散々世話を焼かされるのは目に見えてる。尻をぬぐうなら強者の方がマシさ」


 一星の反論に、学は「一理あるな」と言いかけて止める。

 サーシェスの5年間は、そんな感じの生活だったからだ。


「別に、弱者だって環境を整えてやれば強者になれるだろ?」


 一星がふたたび鼻でわらう。

 事前に調べた情報を鑑みるに、無理はないが、余程「弱者」には手を焼かされているようだ。


「オーケー、賭けの内容が決まった。お前、小暮霧花をどう思う?」


 いきなりの質問に、思うところはあるのだろう。だが、学の表情をうかがいつつ、慎重に答えた。


「典型的な弱者だな。目の前に災難があるのに、対応せず身を固くして嵐が過ぎるのをただ待っている」


 学は「まあ、そんなとこだろうな」と前置きして、賭けの内容を打ち出した。


「来週の私服週間が終わるまでに、小暮が『強者』の片鱗を見せたら俺の勝ち。そうでなければお前の勝ちだ」

「そんなもの、俺が彼女は強者じゃないと言い張ったらお前の勝ちはなくなるじゃないか」

「そうだな。だが、それで構わない」


 一星はもういちど鼻を鳴らすと、「分かった。応じよう」と承諾した。

 負けようのない賭けなら、確かにノーリスクだ。


 だがな、と学は内心でつぶやく。


(……人は、ちゃんと変われるんだよ)

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