第12話「ギャルと文学少女」

「えーと、『三銃士』はっと……あれ、作者の名前何だっけ?」


 文庫の棚を指でチェックする美都に「アレクサンドル・デュマよ」と伝える。

 帰りがけに図書室に誘われたときには大いに驚いた。読みたいと言ったのは単なる社交辞令だと思ったからだ。

 以前、興味を持ってくれた相手に空気を読まずにディープな話を振ってしまい、嫌な顔をされてから、霧花は期待するのを止めたはずなのだが。


「あったあった。へー、『巌窟王』と同じ作者なんだ」

「うん。こっちも面白いけど、長いよ?」

「ふーん。まあ、初志貫徹で『三銃士』にしよう! 『巌窟王』は面白かったらと言う事で」


 だんだん不安感が膨らんできて、「ねえ、良かったの?」と尋ねてしまう。


「えー、何が?」


 文庫本を本棚から抜きながら、美都が問い返す。


「何って、私に話しかけた事。1軍の人たちが凄い目で見てたよ?」


 美都は何だそんな事かと手をひらひらさせ「そう言うの、もう止めたんだ」と答えた。


「人の顔色うかがって、好きでもないものに時間とお金を使うなんて馬鹿みたいだし。これからはもっと色々やってくの。『三銃士』は映画が面白かったから、読んでも良いかなって思っただけだし」

「穂村さんは、……強いね」


 勝手に出てきた弱音を、美都は笑って一蹴した。

 

「強かったらすぐに1軍なんかと手を切って、倫を助けに行ったよ。私が強く見えるのは、背中を押してくれた人がいたってだけだし」


 霧花は「そう言い切れるところが強いと思う」と言いかけたが、水掛け論になりそうなのでやめた。

 そんな彼女を見て、美都がゆっくりと促した。


「思ってることがあれば、吐き出しちゃいな? 私も千彰にそうしてもらったし」


 人懐っこい笑顔に負けて、今までの不安や劣等感が堰を切ったように流れ出してきた。

 小学校時代から友達と話が合わず、「きもい」と何度も言われたこと。本について話を聞いてくれた人たちも自分との温度差から離れていったこと。

 両親は自分の成績にしか興味がないのではという危惧から、相談もできない恐怖。

 最後に出てきたのは「私服週間が公開処刑みたいで怖い」と言う言葉だった。


「ねえ、霧花。霧花は変わりたい?」


 もう何度も自問自答してきた設問に、「変われるものなら……」と消極的に返すが、美都は「そうじゃないよ」と首を振った。


「『変わる』ためには、少々のお金とそれなりの労力、あとは勇気がいるの。霧花はそれを払う気がある?」


 ちょっと前の自分なら、きっと黙り込んで答えを先延ばしにしただろう。

 だけど、美都の様子から、これがきっと最後のチャンスなんだと。何故かそう思えた。


「私、やってみたい!」


 美都はいたずらっぽく笑って「美都さんに任せなさい。よろしくね。霧花っち」と右手を差し出した。

 そう言えば、誰かにあだ名で呼ばれるのは初めてだと思う。

 握った美都の右腕は、華奢なのにとっても力強く感じた。

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