第11話「御曹司は色々と背負い込む」

 登校した一星は、目の前の光景にまた面倒事かと嘆息した。


「ねえ、ユニシロちゃん。今日もお家帰ったらユニシロなの?」

「マジで? 来週の私服週間楽しみだわー。今時全身ファストファッションなんて、勇気あるー」


 加納里桜たちに囲まれている女生徒は、身を固くして、嵐が過ぎるのを待っている。

 香川倫が復帰して、なかなか優位に立てない1軍女子は、彼女を憂さ晴らしの対象に選んだらしい。

 確か小暮霧花とかいった。以前からクラスメイトと絡まず、本ばかり読んでいる女生徒だ。

 きっかけは偶然出くわした私服姿の彼女のセンスがたいそう野暮ったく、チョイスがファストファッションばかりだったと言う、実に下らない理由だ。


 しかしまあ、よくもまあ無駄に時間を使うものだ。

 一星は1軍連中が嫌いだが、「弱者」も嫌いだ。正確には弱者に甘んじている人間が嫌いだ。

 もし霧花が何らかの抵抗をした上で、それでも現状を覆せないようなら、多少の手助けを考えないでもない。だが彼女は身を固くしているだけ。

 そう、助ける必要などない。だが……。


 本人に助かりたい気持ちが無いなら、幾ら助け船を出そうと同じである。

 香川倫の時は、正直失敗だったとは思う。浅見千彰と穂村美都が1軍にいるから、彼らが何とかすると思っていた。

 美都が両親のネグレクトをうけていたこと理由に2人との連絡を絶たせたと知った時は、本気で目の前の鬼畜を殴ってやりたくなった。

 だいたい、こいつらは狭いコミュニティでお互いの顔を窺っていれば、万事うまくいくと妄信している。

 醜悪もいいところだと一星は思う。たとえそれが、お坊ちゃん育ちの自分の境遇から来る近親憎悪だとしても。


 その直後に転校してきた菅野学が動き回って彼女はまた学校に来るようになったが、再び立ち上がって啖呵を切る彼女を本気で尊敬した。

 事態を放置した一星に、それを口にする資格はないが。


「やー諸君。今日も鶏みたく他人様をくちばしで突きまわしてるようだけど、それ楽しい?」


 割って入ってきた菅野が、相変わらずのKYぶりで里桜たちをディスり始める。

 KYと言っても、こいつの態度は天然ではなく、さしずめ養殖だが。


「うっせーな。話に入ってくんな!」

「うぜーよ消えろ!」


 2軍の取り巻きが乏しい語彙力で追い払いにかかるが、余程罵倒され慣れているのか、それらは全て学の面の皮に弾かれた。


「今朝も囀りが心地いいなぁ。これがコケコッコーじゃなくて、もっとかわいらしい奴なら言う事無いんだけどな」


 キッと学を睨みつける女生徒たちだったが、残念ながら視線で人は殺せない。


「ねーねー。それ、『三銃士』でしょ? 私映画で見た! 飛行船で戦う奴!」

「う、うん。その映画とはだいぶお話が違うけど……」


 学が女生徒を引き付けている間に、美都が入ってきて、彼女が読んでいた本を話題にする。


「……これ、好きで何回も読んでるから」

「フェンシングのちゃんばらかっこいいよね!」


 遠慮がちに答える霧花に、美都はえい、やーと大げさに手を振り回す。

 はにかむ霧花に、相変わらず、相手の懐に入るのが上手いと感心する。


「良かったら、読んでみる? 図書室に全巻あると思うから」

「ホント? さんきゅー!」


 学を突破してまで、快活な美都が盛り上げた空気・・をひっくり返す勇気はなかったらしい。

 里桜は「つまんねーの」と悪態をついて去ってゆき、取り巻きもそれに続く。


「ハイ、ご苦労様でしたーwww」


 ひらひらと手を振って追い打ちをかける学の目線がこちらに向き、口元がにゅっと吊り上がった。

 侮蔑の表情ではなく、おもちゃを投げ与えられた犬のそれである。


 どうやら、鮫島一星が面倒事から解放されるのはまだ先らしい。

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