第10話「ヒーローは修行する」

「変身!」


 一生懸命に考えたであろうポーズを決めて、倫は学製作の装備品をポーチから召喚した。

 呼び出したのは銀色のベルト。

 バックル部分には赤い魔石が組み込まれている。


 魔石の輝きと共に、倫の身体が深紅の軽装鎧に包まれてゆく。

 学が自分用に試作した装備だが、ある欠陥があって使用に踏み切らなかった。

 だが、倫のスキルなら、その欠点は相殺可能だ。


「あー、快感! もう一回やっていいかしら?」

「おいおい、魔力を無駄に使うなよ。ただでさえ魔力を使い始めたばかりで魔力量少ないんだから。あと、人払いの魔法は宰相範囲でしかかけてないから有効範囲が限られてる。うっかり外にでるなよ?」

「分かってるわ!」


 そう言って、学もポーチから装備を取り出して身に着けてゆく。

 魔銃を使えば一発なのだが、弾をケチっての行動だ。サーシェス時代に染みついた倹約の癖は、なかなか変えられるものでは無いし、弾を製造する時間を考えれば、浪費は控えたい。

 2人が修行場に選んだののは浜辺である。シーズンオフなので、人もおらず、体幹を鍛えるのに砂の上での運動は都合が良い。

 そう言った意味で、先のコスプレイヤーふたりはいい場所を教えてくれた。


「『赤』はある程度使えるようになったな? 次は『青』で行ってみよう。良いか、教えた通り魔石に魔力を流し込むんだ。何か掛け声をかけても良い」


 倫は我が意得たりと「チェンジ! ブルーフォーム!」と叫び、ベルトに手をあて魔力を込めてゆく、軽装鎧の意匠も青色へと変わってく。


「フォームチェンジ最高だわ!」


 感涙に打ち震える倫の言葉を、「言うと思ったよ」と流して「〔万能のベルト〕が〔青〕の時は万能形態の〔赤〕に比べてスピードが底上げされるが、パワーが著しく落ちる。旨く使い分けてくれ」と解説する。


 このマジックアイテムは、身体能力強化のマジックアイテムに複数の調整を施しておいて、状況に応じて使い分けると言う学のアイデアから出たものだ。もちろん、アイデアの出所は特撮ヒーローのフォームチェンジだが。

 ところが、モードの変更に必要な魔力のチャージ時間が存外に長く、アイデア倒れに終わったアイテムである。

 だが、倫のスキル〔スピードチャージ〕があれば、瞬時に魔力を充填でき、複数のモードを切り替えながら戦える。


「ほれ、試しに攻撃してこい。魔法は使えば使うほど威力も魔力量も増すし、燃費も良くなる」


 どこぞのアクションヒーローよろしく、指をくいくいと曲げて挑発ポーズをとる。

 倫はにやりと笑って「それじゃあ、行かせてもらうわ!」と大地を蹴った。


 顔面目掛けた全力ストレートをかわし、関節を取ろうとするが、左手のボディーブローがわき腹目掛け飛んでくる。

 学は体を斜めにして拳を捌くと、バックステップで距離を取り、フットワークを使って、体格の小さい倫のレンジ外から拳を放つ。


「どうした? 同じ身体能力底上げ系でも、俺の〔漆黒の闘衣〕に比べて、〔青〕の状態は接近戦向けだ。ここで有利に戦えないと、死ぬぞ?」


 倫は息を切らしつつ「分かってるわ!」と叫ぶ。


「分かってるなら、そろそろ一勝くらいは……しないとなっ!」


 すかさず倫の腕を取って、背負い投げの体制に入る

 だが、一回転して地面に着地した瞬間、倫は学の袖をひっつかんむ。


「チェンジ! パープルフォーム!」


 魔石が紫色に輝く。

 学もまだ教えていない〔紫〕の力。スピードを犠牲に攻撃力と防御力に全振りした重攻撃形態である。

 倫がこれを使ってくとは思わず、一瞬対応が遅れた。


「うおりゃぁっ!」


 女子にあるまじき雄たけびとともに、両足を砂浜に叩きつけて立ち上がり、力任せに学を放り投げた。

 凄まじい勢いでぶっ飛んだ学だが、〔騎龍のブーツ〕で反発力を生み出し、力を相殺。ストンと大地に降り立った。


「オーケー。まあ、ギリ一勝ってとこだな」


 ニッと白い歯を見せる学に、倫は息を吐いて腰から崩れ落ちる。


「学がこんなに強くなるなんて、思わなかったわ」

「訓練を続ければ、俺なんてすぐ追いつけるさ。それより、俺が出した練習メニューを破って、〔紫〕を使っただろ? オーバーワークは逆効果だぞ?」

「学に勝つには、学の敷いたレールを走ってたら駄目だもの」


 叱責の言葉を、嬉しそうに肯定されて、学はやれやれと首を振った。


「分かった。これから1日1度体調チェックをやるから、それに引っかかったら訓練は休ませるからな。無理するならちゃんと備えた上で無理しろよ」

「ありがとう!」


 無邪気に笑う倫に、彼女を戦いに巻き込んだ悔恨の念が頭をもたげる。

 自分はもう手を汚してしまったが、彼女たちからこの笑顔を奪うようなことは絶対にさせない。

 それが、自分の一番やりたい事なのだから。

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