第9話「神託」★

 意識が覚醒した時、志賀武史は四方を星々に囲まれていた。

 ”彼が異世界へと導かれたとき”、この空間に呼び出された。

 思えば彼の人生が狂い始めたのはそれからだ。


『神の子よ。菅野学を倒せなかったようですね。勝手に動いた勇者ふたりが、敗れて放逐されたとか』


 空間の主は、穏やかな口調で語りかけるが、話の内容は詰問だった。

 彼女は勇者たちから「女神」と呼ばれている。

 女神が何故大量の地球人を異世界に追いやったのか? 何故〔軍団バタリオン〕の計画に協力するのか?

 武史も色々と調べてはいるが、有用な情報にたどり着けてはいない。


「……どうせ配下にしたところで、素行が悪すぎて扱いに困るふたりです。どちらかと言えば、彼らの口から情報が漏れたであろうことが痛手です」

『こちらは、それについては関知しません。上手くおやりなさい』

「……いい加減教えてもらえませんかね? 何故菅野学にこだわるのです? 何故ツバキを使って搦め手を用いるのです? 一思いに闇討ちをかけた方が、まだ勝率は高い筈だ」

『……それでは意味が無いのです。菅野学と周囲の人間に絆を築かせ、それを断ち切ってこそ、神意は果たさせるのです。心配しなくても、神託に従うなら、望むものは与えましょう』

「……言質は取りましたよ」


 女神はまぶたを閉じたまま、武史の言葉に耳を傾ける。

 彼女の瞳を見た勇者はいない。瞳を見たものは皆殺されると怪談じみた冗談を言うものもいたが。


『仲間への対処は?』

「既に刺客を差し向けています。こちらはが向かったので、良い報告を送ってくれるでしょう。彼のスキルが菅野学にも通用したなら、切り札になったのですが、彼は魔力を探知する勘が人並み外れていますので」

『サーシェスへ送り込んだ勇者は、もっとも厳しい戦いを経験しています。油断しない事をお勧めしますよ。私が地球一帯にに張り巡らせたジャミングがある限り、彼らは長距離の魔法通信や転移魔法を使えません。合流される前に叩くとよいでしょう』


 「今日は雨だから傘を持って行け」とでも言うように、女神は無感情に告げる。

 実際何も感じてはいないのだろう。

 彼女にとって人間など、塵芥ちりあくたに等しい存在のように思える。


 別にそれはそれで構わない。

 それならばこちらも、計画の為に相手を利用するまで。


「では、彼らを討ち果たしたら、ポーションのレシピの欠けた部分をお願いします」

『ええ、神は人間と違い嘘はつきません』


 口には出さないが「良く言うよ」とは思う。

 確かに彼女は嘘はつかないが、不都合な事実は平気で伏せておくため、彼女との会話は気が抜けない。


『頼みましたよ。神に愛されしものよ』


 女神は、微笑と共に消えてゆく。

 武史はふっと息を吐いて、眉間に指を当てた。



◆◆◆◆◆



「……スター? マスター?」


 意識が覚醒した時、執務机でネフィルに揺り起こされている自分に気づいた。


「済まない。すこし疲れているようだ」


 眉間に指をあてる武史に、〔将軍ジェネラル〕の称号を持つ右腕が、心配そうに呼び掛ける。

 基本的に利益で繋がっている〔軍団〕で、唯一信頼のおけるのが彼女だった。


「うなされていましたよ? すこし休暇を取られた方が……」

「ありがとう。だが、今が正念場なんだよ。全てが終われば、その時はゆっくり休むさ」

「約束ですよ?」


 わずかにネフィルの表情がゆるむが、それがまた沈痛なものに変わる。


「……マスター」


 彼女が何を言おうとしたかはすぐに分かったが、武史は「済まないが、その話は聞けない」とさえぎった。


「君を巻き込んで済まないと思っている。だが、それを聞き入れたら、僕が僕じゃなくなる。僕の大切なものをズタズタにした諸悪の根源が、大手を振って人を虐げ続けているのを座視しながら、違う生き方をするのは無理だ。もし君が〔軍団〕を抜けたいなら……」


 ネフィルは悲しそうに視線を落とし「最後まで、ついてゆくと決めましたので」とだけ告げて、話を打ち切った。


「コーヒーでも入れて参ります」


 給湯室に向かうネフィルを見送って、武史は雑念を払うように頭を一振りした。


「スクールカーストを壊さねばならない。その為には、学君のやり方では駄目だ」

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