第8話「鮫島一星」
鮫島一星は、うんざりした顔で、陳情してくる”弱者”に同じ話を繰り返す。ただし、表現は毎回変えねばならない。
相手の要求は簡単だ。彼の父が経営する中堅企業「鮫島商会」が、福祉やら人権活動に寄付して欲しいと言う陳情である。要するに「お前ら儲けてるんだから分け前を寄こせ」と言うお話だ。
会社は既に名の知られた団体に多額の寄付をしている。三度の飯よりお金が好きな父のことだから、どうせ活動内容などではなく知名度やイメージで決めたのだろう。慈善団体は弱者を食い物にする「まがい物」も多いのと言うのに。
だが、下手な断り方をして悪評を立てられるのは面倒臭い。結果「話だけは聞く」と言う役回りが彼に回ってきた。
適当に話を聞いて裁けばいいのだが、陳情してくる中には本当に社会に有益な活動が混じっているため、それらを十把一絡げに断るのは彼の主義に反する。父は金を出さないだろうが、側面支援くらいなら一星の立場でもできるのだ。
それに「恩師」との約束も守りたい。
父もそんな一星の気質を知って、跡取りの資質を見定めるためにそのような仕事を振ってきたのだろう。日和見と親でも売り飛ばす商魂で悪名高い鮫島家の血は健在のようだ。
(俺はそんな風にはならん)
現在、河衷市と合同で進めている、「牡蠣殻を使った産業用のガラス素材」事業は、立ち上げ時の情熱が失われ、完全に税金目当ての惰性的なものとなっていた。
そして、皆それに気づきながら、見ないようにしている。
このままでは、国が支援を打ち切って、町に再び過疎化の津波がやってくる。
そうはさせない。先生が立ち上げた最後の事業は、必ず達成する。
そして今回は外れだった。「窮状は必ず父に伝えます」と伝えると、ハイエナたちはとりあえず満足して帰ってゆく。もちろん、伝えはするが、口添えするとも説得するとも約束していない。
水を一杯あおって、スマホの機内モードを解除すると、クラスの1軍や2軍メンバーからのLINEが着信する。読まなくても分かる。
どうせ転校生への愚痴だろう。
面倒臭いことこの上ないが、ここで
弟たちに会社は任せられない。自分が鮫島家の悪評を断つのだ。
転校生、菅野学が「やらかした連中をドカチンで強制労働させよう」と言い出した時、思わず膝を叩いてしまった。
いい薬である。
一星は適当な返事を返すと、アルバムを起動して、1枚の写真を写す。
それは、麦畑で遊ぶ幼い兄弟たちの絵。一星が先生から託されたものだ。ストレスが溜まった時はこれを眺めてやり過ごす。
現物は持ち歩くわけにはいかないので、自室の一番いいところにかけてある。
この絵に対して恥ずかしい仕事はできないぞと息を吸い、次の予定が書かれた手帳を取り出した。
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