第2部「カースト完全破壊編」

第1話「勇者は勇者に無双する(その1)」

 5月の暮れ、1か月の禁欲生活に我慢出来なくなった〔団長ヘッド〕と〔荒鷲イーグル〕は、「狩り」に手を出した。

 〔元帥マーシャル〕からは、目立つ行為や、法に触れる行為は他の勇者へ情報漏れを招くと、固く禁じられていた。

 しかし、マジックポーチの中身を細々と売り払う事で、豪遊する程度の資金は得られたが、この1ヶ月で尽きてしまった。正確には売れる素材はまだ山ほどあるのだが、不用意に換金すれば騒ぎになるようなものばかりだ。握りこぶし大のダイヤや業物の刀剣など、そこいらの質屋ではとても扱えまい。


 資金が尽きた彼らは〔軍団バタリオン〕が支給する資金で細々と食いつなぐしかなくなった。本来はちょっとした額なのだが、贅沢に慣れたふたりにとっては雀の涙である。

 転移魔法で密輸でもするかと考えたが、現在〔元帥〕によって長距離の転移は封じられており、解除には彼の許可がいる。そして、お堅い〔元帥〕は許可など出すまい。


 鬱憤を貯めこんで、街を歩いていた時、ひとりの女学生とすれ違った。

 清楚系と言うやつだろうか? 長い黒髪を白いリボンでまとめた、楚々とした笑顔が魅力的だった。

 「……やるぞ」と〔荒鷲〕が言った。

 〔団長〕は何を「やる」かは正確に理解した。

 〔荒鷲〕とは同じ異世界に飛ばされてから長い付き合いだが、欲望を吐き出す際は驚くほどの率直さを見せる。彼の天然の金髪に人形のような童顔に、女性は面白いように寄ってくる。あとは、魔法の出番である。

 そして、〔団長〕もそんな彼のおこぼれに預かってきた。

 多少の事件を起こしても、官憲は勇者と事を構えたくない。ちょっと脅せば簡単にもみ消すことが出来た。


 そうだ、あの時異世界と同じようにやればいい。

 こっちには、スキルがあるんだ。




 数分後、ふたりは魔法で眠らせた女生徒を担いで、浜辺を歩いていた。

 場所を借りれば足が付くし、夕暮れの浜辺には人もいない。


 「たまにはこう言うのも良いだろう」と〔荒鷲〕が言った。つまり、今後も同じことを続けると言うことだ。〔団長〕も異存はない。

 そもそも、好き勝手やる為の隠れ蓑として〔軍団〕に入ったのに、あれをするなこれは止めろと煩わしい。

 確かにお互いの情報やスキルを提供し合ったり、フォローし合ったりするのは便利だが、好きに振る舞えないなら今後は考えると伝えてやればいい。

 ふたりは全能感とともに、学生服に手をかける。


 だが、ふたりは見落としていた。異世界の官憲は見逃してくれても、〔破壊の勇者デストロイヤー〕はそうはいかないと。


「おふたりさん。イキってるところ恐縮だが、その子を離してもらおうか。このくそ野郎」


 振り返った先には、フル装備の菅野学がこちらを見下ろしていた。

 彼らが「何をしようとしていたか」は歴然で、それに憤ったのか、殺気立った瞳を向けてくる。


「貴様っ、何故ここに!?」

「そんなもん種明かしするわけないだろ? 直接殴り合うだけが勇者じゃないんだよ。そんなもんより、俺も聞きたい事がある」


 菅野学は、吐き捨てるように尋ねた。


「お前ら、本当に勇者か?」


 問いは、彼にとって最大級の侮蔑だったのだが、それをぶつけたふたりには通じなかった。

 捕捉された衝撃から立ち直った〔荒鷲〕と〔団長〕は余裕が戻ってきた。いくら〔騎士ナイト〕を沈めた相手とは言え、こちらはふたりである。

 〔元帥〕から菅野学との戦闘は禁じられているが、構う事はない。〔騎士〕が勝てなかった相手を倒せば、彼も自分たちを無視できない筈だ。


「つまんねー事を聞くな。俺たちは異世界へ召喚された勇者で、魔王も倒した。一撃でな」


 学の反応は、〔団長〕の言葉を鼻で嗤うことだった。

 恐らく、意図したものでは無く、反射的に出たのだろう。無言の〔荒鷲〕が殺気立つ。


「お前ら、随分とヌルい世界に飛ばされたらしいな。良いぜ、まとめてかかって来いよ犯罪者レイパー

「……ああ、そうさせてもらうよ」


 ふたりは装備品を召喚して身を固める。

 フットワークを生かした機動戦を得意とする〔荒鷲〕はミスリル製の胸当てと手甲。背中からはその名を象徴する様に黒い翼がはためいている。

 一方の〔団長〕は深紅の重装鎧だ。何故か武器は身にまとっておらず、フルフェイスの兜からは、双眼が不気味に光っている。


「教えてあげるよ。『虎の尾を踏む』と言う言葉をね」

「そうか、奇遇だな。俺も同じ言葉をお前らに教えてやろうと思ってたんだ」


 学は魔銃を構え、トリガーを引いた。

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