第3話「神速の勇者は恋に落ちる(その3)」★

 帰りの馬車で、学は「あなた、私たちと来ない?」と誘いをかけた。


「隊商と行動するより、私たちと一緒にいた方が素材集めもやりやすいでしょ?」


 誘われた学は意外そうに眉をひそめた。何かの冗談かと思ったようだ。

 これは相当に嫌な経験をしてきたなと思う。


「俺が役立たずの勇者なの知ってるだろ?」

「言わせておけばいいわ。あなたは"切り札"よ。」

「切り札? 俺が?」


 見守っていたアポロが「僕も賛成だね」と付け加える。


「学の智謀は是非欲しいし、今後の人類陣営を考えても、供給されるマジックアイテムがランクアップするのは望ましい」


 アリサは「それもあるけどね」と、学を見据える。


「危機的状況には人間性が出るわ。あなたは目先のプライドをかなぐり捨てて、隊商の人間がひとりでも多く生き残ることに全力を尽くした。確か、貴方の国に『コフ』と言う武将がいたと聞くわ。勝利の為に恥をかくことを厭わない人物だったそうね」


 ドヤ顔で歴史から故事を引用するアリサだったが、学の頭に「?」が浮かぶ。

 やがてピンと来たのか頷いて、それから苦笑する。


「漢の韓信は日本人じゃなくて中国の武将だぞ? 最後粛清されて死ぬし」


 韓信は若い頃、馬鹿にされても決して反撃せず、相手の股をくぐってその場を逃れたため「股夫こふ」と呼ばれた。やがて抜擢されて名将となり歴史に名を残す。だが、平時での身の処し方が悪く、主君が天下を取った後殺されてしまうのだ。

 「もうちょっといい例えは無いのか?」とからかい半分に学が告げる。

 やらかしたと視線を逸らすアリサに、アポロは「アリサは時々いい加減なうんちくを披露することがあってね。聞き流してあげて」と笑う。

 ばつの悪いアリサは話題を切り替えて、「とにかく!」と手を叩く。 


「あなたは強い勇者になれるわ! 私が保障する!」


 自分の将来性を断言されて、学は「そうか」と初めて嬉しそうに笑った。

 彼の白い前髪が差し込んでくる、夕日に照らされ、馬車が揺れるたび跳ねた。

 アリサは、学の顔に見惚れている自分に気づいた。その理由を知るのは、しばらく後の事だったが。


 やがて、彼女の言葉は現実のものとなる。

 高度な素材を手に入れて強力なマジックアイテムを使うようになると、学は戦闘力を着々と上げていった。また、彼が供給するポーションで、結成された人類連合の戦力は大きく底上げされた。

 彼を役立たずと呼ぶ者はいなくなり、いつしか〔破壊の勇者デストロイヤー〕と呼ばれるようになる。そして生き残った4人の勇者と共に、魔王軍を破壊した。


◆◆◆◆◆


「あーあ、結局言えなかった」


 地球に帰還した時、最初に呟いた言葉がそれだった。

 再会した母は、アリサの変化を見抜いて夕食にごちそうを作り始め、父は大いに動揺しながら何があったのか遠回しに聞いてくる。

 サーシェスにいた時は、今の学に、いや自分にだって恋をする余裕なんてない。そう言い訳していた。

 ザンキの件で心をすり減らす彼を見て、無理やりにでも深い関係になってひと時の癒しを与えるべきかと本気で考えた。

 でも、そんなやり方で心の傷を癒したら、彼は絶対に自分を許さない。

 彼の苦悩は、命を預かる使命を負う者が必ず抱くものだ。


 医者、消防士、軍人、救命士。


 皆「自分が間違わなければ、もっと救えたのではないか?」と言う悔恨と自省を背負って人を救おうとしている。

 ただ、学はそれを受け止めるには若すぎて、心根が優しすぎた。

 自覚がないだろうが、彼は無理して勇者をやっている。


 だけど、それは彼自身が向き合って、乗り越えなければならない問題。

 そしてそのきっかけとなるのは、誰かに甘やかされることでは無い筈だ。

 第一、結ばれるなら対等な関係でありたいではないか。


 (まだ終わりじゃないわ!)


 転移魔法を使えばいつでも会えるのだ。なるべく理由を作って、頻繁に会いに行こう。

 自分は学の戦友なのだ。幼馴染のヒーローちゃんなんかには負けない!

 戦いは終わったのだから、時間はいっぱいあるのだ。


 地球での日常が闘争とともに再開されることを、アリサ・ブランドーは知らなかった。

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