第2話「神速の勇者は恋に落ちる(その2)」

 ふたりが駆けつけた時、傷だらけの隊商の護衛と、真っ白になった前髪で剣を振るう菅野学がいた。

 勇者ふたりは直ちに魔王軍に切り込んでゆく。


「〔神速〕!」


 アリサはスキルを発動させると、一本の矢となって指揮官へ突っ込んだ。

 〔神速〕は、息を止めている数秒間、常人を凌駕するスピードで動くことが出来る。

 指揮官のオーガは、予想外の奇襲を受けて〔神速〕に対応できず、たちまちのうちに喉笛を引き裂かれてた。

 続いて突入したアポロが〔氷結〕の魔法を使い、魔族たちの足元を凍らせて動きを奪ってゆく。


 次々倒されてゆく魔物を前に、安堵したのか菅野学は大の字にになって倒れ、そのまま気絶した。



◆◆◆◆◆



「いったい、どうやって時間を稼いだの?」


 がつがつとパンにかじりつく学に、水を渡しながら尋ねるアリサに、学は驚くべき回答を返した。


「命乞いしたんだよ」

「……は?」


 意味が分からないと顔を見合わせるふたりに、学は革袋の水を飲みほして「ふー」とおっさん臭く息を吐いた。


「隊商の荷物の中に酒があったのは僥倖だった。魔王軍に取り囲まれたとき、地面に頭を擦り付けて、『助けてくれなければ樽を壊してぶちまけてしまう』と懇願したんだ。あいつら皆殺しにする気満々だったけど、酒樽を運び出す時間を稼いだ」

「勇者がそんなことしたの?」

「勇者だからしたんだよ。忌み嫌う相手に両手をついて命乞いされたら最高に気持ちいいだろ? そこに油断が生まれる」


 確かに理にかなってはいる。だが、今までろくに戦闘を経験しなかった学が瞬時にそこまで計算したと言うのは、なかなかに凄い話だ。

 まして、それを躊躇なく実行に移す胆力も並大抵ではない。


「案の定俺をあざ笑いながら『助けると言ったな。あれはうそだ』と言ってきたから、次は女だ。『助けてくれないなら、慰みものにされるのは忍びない。自分達の手で殺してしまう』と懇願した。向こうも面白くなってきたんだろうな。命を助けてやるからとりあえず女を渡せと言ってきたから、護衛の冒険者に混じってた〔暗器〕のスキル持ちに投降するふりをしてもらって、指揮官のこめかみにダーツをぶっ刺してもらった。指揮を引き継いだオーガが脳筋だったのも運が良かったな」


 そう言えば、戦場に突入した時、やたら大柄で強そうな虎の魔族が情けなく転がっていると思ったが、あれはそういう事だったのか。


「その時点で戦闘開始になったが、あのオーガは力攻めを繰り返したから、何とか対処できた。おかげで相手は攻めあぐねて、何とか救援が間に合った。ありがとな」


 身体を休めた学はゆっくりと立ち上がり、並べられた戦死者の列に手を合わせて回る。

 学の機転でも、全員は救えなかった。

 死体は魔物が人の味を覚えるので、放置は極力避ける。かといって腐敗すると病気を媒介するので持ち帰る余裕もなく、ここで焼却してしまう。

 最後に、集められた魔族の死体にも黙とうした。

 アリサとアポロもそれに倣って両手を合わせる。


「ねえ、今回はたまたま私たちが間に合ったけど、無駄に終わる可能性の方が大きかった。それでもあなたは命乞いしたの?」

「俺は生き汚いからな。可能性があるならプライドよりそっちを優先する。それに、俺が嫌な思いをするのと引き換えにひとりでもふたりでも助かる可能性が上がるなら、そっちの方がお得だろ?」


 護衛の一人が火の魔法を発動させ、積み上げられた遺体が次々焼かれてゆく。

 学は再び手を合わせ「南無阿弥陀仏」と唱えた。

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