第34話「騒動の終焉後にはお仕置きがまっている(その2)」

 まだ5月の暮れとは言え、うだるような暑さだった。

 コンクリート袋を猫車に乗せながら、贄川光雄は今日何度目かの舌打ちをした。

 最初はこんなもの体力馬鹿がやる底辺の仕事だと思っていたが、猫車の扱いはコツが必要で、最初のうちは中身をぶちまけて怒鳴られる者が後を絶たなかった。段取りを間違えると自分の仕事が増えるので無駄に気を遣う。


「おーい高校生。それこっちへ頼む!」


 ベテラン作業員に呼ばれた田崎が、「ハイ! 喜んで!」などと居酒屋のバイトみたいに返事をし、しっぽがあれば振りそうな勢いで猫車を押してゆく。


 こいつが「償いをしたい」などと余計なことを言わなければと、皆鬱憤を溜めこんでいたのだが、本人は気にするどころか、「俺、この仕事天職かも!」などと言い出し、今日で契約期間が終わった後も継続して雇って欲しいと監督に頼んでいるようだ。


 いい気なもんだと鼻を鳴らす。


 田崎の謝罪から言質を取った菅野学が言い出したのは、「反省の証として皆でバイトをして、美都の進学資金の足しにすること」だった。

 翌日から、放課後毎日現場に連れて行かれ、性別も文科系体育会系もお構いなしでの強制労働だった。

 あまりの扱いに、初日で数名が脱走したが、逃げた先で何故か菅野が待っていて、悪魔のように問いかけた。


「この仕事一星からの紹介だけど、あいつの顔を潰したら、今回の件が親や学校にバレた時、誰に取りなしてもらうの?」


 その後、脱走に費やした時間分をせっせと残業する彼らの姿があった。

 自分たちは、敵に回してはならない相手に生殺与奪を預けてしまったらしいとようやく悟ったのだった。

 腰を痛めた者が出れば、また菅野がやって来て、変なジュースを飲ませる。飲んだ者は嘘の様に痛みが引き、菅野は「じゃ、続きの仕事をよろしく」と地獄の獄卒みたいなことを言って去ってゆく。




 やがて、死んだ目をしていた田崎が、「俺、資材の並べ方が丁寧だって言われたんだ。何かして褒められたのって初めてかも!」などと言い出した。菅野の奴に洗脳されたに違いない。

 女子共も、陰では散々職場や菅野に怨嗟の声を上げている癖に、最近は失敗した仲間を茶化したり、やり方を教え合ったりし始めた。

 お前らもかよと悪態をつくうち、待ちに待った終業の合図を受け、使った道具をトラックに積み込んでゆく。

 事務所で報告して解散の筈だ。もうこんなところ二度と来てやるかと息をまく。

 それにしても腹が減った。

 ここに放り込まれてから、いつも空腹だ。

 いつもは家族と顔を合わせるのが嫌で、何処かで食べてきてしまうのだが、そんなものでは到底足りない。仕方なく食卓についてがつがつと飯を食う。両親の驚いた顔がムカついたが、腹の虫を鳴らしながら寝るよりはましだ。

 解散の挨拶のあと呼び止められ、他の7人と社の食堂に案内された。そこでは現場の人間がホットプレートでお好み焼きをじゅうじゅう焼いていた。


「あんちゃんたち頑張ったけえ、お好みをごちそうするけえ。ほれ、そこのジュース持って行きんさい」


 社長が慣れた手つきで小手を回しながら、お好み焼きを皿に載せている。

 既に出来上がっているゴツイ中堅社員が、ビール片手に肩をバンバン叩いてくる。


「いやあ、俺はつい最近まで『近頃の若いもんは!』が口癖だっけど、もう二度と言わんわ。こんなに頑張る若い奴がいるんだからな!」


 洗脳済の田崎が、号泣しながらお礼を言っている。

 逃げ出さなかったのは菅野が脅すからで、頑張ったのはそうしないと菅野が仕事を上乗せするからである。

 怪しい宗教かよと冷めた目で見ながら、お好み焼きを口に放り込み、「クソッ!」と、聞こえないような小声で悪態をついた。

 これまでの人生に無いくらい、旨かったのだ。


「いやあ、やっぱこいつは故郷の味だな!」


 気に障る声がして見やると、全ての元凶がちゃっかりお好み焼きを味わっていた。


「そう邪険にするな。俺も正直驚いてるんだ」

「……何がだよ?」


 菅野はへらへら笑って答えなかったが、「そうそう! ここに来た理由を忘れてた」と立ち上がり、1人ずつ紙を配ってゆく。

 正直見るのが凄く嫌だったが、確認しないで後で何か起こるのはもっと嫌だ。この男は、そう言うやり方をすると最近気づいた・・・・

 紙に視線を落とすと、自分の名前と、ゼロがいっぱい並んでいた。


「お前らの口座に、美都が受け取った分と同額を振り込んでおいた。俺のポケットマネーだから、今回の約束の範囲外だ」


 訳が分からないと怪訝そうに見つめる皆に、菅野学は涼しい顔でお茶を流し込む。


「俺だってこんな事する気は無かったさ。でも、お前らの働きぶりを見てたら、これだけ苦労して得た金を好きに使えないのは違うなと思っちまったんだよ。俺の勝手でやった事だから、気にするな」


 後で聞いたら、贄川はぽかんと大口をあけ、たいそう間抜けな顔をしていたそうだ。


「菅野君! 君は! 君って奴は!」


 脳内麻薬ガンギマリの田崎が、顔じゅうから色んな体液を流しながら菅野に抱きつく。

 「こいつどうしたの?」と視線で聞いてくるが、いい気味なので無視した。


「……なあ、社長」

「どした? マヨネーズなら、あっちにあるけえ」

「そうじゃなくて、俺ももう少しだけ働かせてもらうのって出来ますか?」


 田崎に抱きつかれて嫌そうな顔をしていた菅野が、にやにやと気持ち悪い視線を送ってきたので、更に田崎の奴をけしかけておいた。



◆◆◆◆◆



 これは余談であるが、しばらく後に贄川が坊主頭で登校し、美都と倫に謝罪した。


 あんぐりと口を開けて呆ける一星を捕まえて「自分の会社を興すのって、幾らくらい要るんだ?」などと質問責めにし始める。


「これって、学の魔法とかじゃないよね?」

「学! キカイマンのカタストロフウェーブが使えるの!? ぜひ私にも教えて頂戴!」


 恐る恐る尋ねる千彰と、全くブレない倫に、「そんな魔法ねーよ」と返す学は、これ以上ないほど嬉しそうだった。

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