第32話「そして収まるところに収まったようで」

 皮肉にもツバキが人払いの魔法を使ったおかげで、学は店員や警察に咎められる事なく店を出る事が出来た。


(天井の修理代は俺が出さんといかんよなぁ。勇者的に)


 破壊された構造物を修繕するスペシャルでユーズフルな魔法があればいいのだが、そんなうまい話はない。あまりやりたくないがサーシェスから持ち込んだ素材を売り払ったお金を匿名で送りつけるしかないだろう。

 今後もこんな事はあるだろうから、今後の活動資金も調達せねばならない。


 店を出た学は、ツバキやザンキの事、これからの戦いを一時的に忘れることができた。

 大声で鳴き声をあげる美都を抱きしめながら、「いままでごめんね」と語りかける千彰と、それをほっこりと見守る倫を目の当たりにしたからだ。尚、全員髪と制服は消火剤にまみれたて真っ白である。


「あー、死ぬほど疲れたわ」

「お疲れ様。千彰と美都のこと、ありがとう」


 学はかぶりを振って「結局は俺が騒動を呼び込んだようなもんだからな。自分の尻をぬぐっただけだよ。とんだピエロさ」と自嘲する。

 どっかりと腰を下ろして、おじさん臭く首をコキコキと動かす学に、倫は屈んで「えいっ!」とデコピンをかました。


「……なにすんだよ?」

「約束を果たしただけよ。ヘタレたからぶん殴ったの。学も自分にごめんなさいしなさい。あと、私にもごめんさいするように。私の推しのヒーローを馬鹿にしたんだから」

「それって……」


 倫は学の問いには答えず、「それと!」と人差し指を天に掲げた。


「私も戦うから、魔法教えて!」


 学は「やっぱりそう来るか」と、苦笑した。香川倫は相棒が苦闘している時に、自分を蚊帳の外に置きたがるような女ではない。だが、気が進まないのも事実だった。


「教える事は出来る。だが、お前にスキルが発現するかば未知数だし、血塗られた道だぞ? 現にツバキは、お前たちを切り刻むと宣言した」

「ああ、千彰も腕を切り落として油ミンチにして尾道ラーメンに浮かべるって言われてた」


 多分、ツバキはそんなこと言わないと思ったが、突っ込んでもきりがないのでスルーする。


「なら、なおさら自分の身は自分で守れた方が良いじゃない? 『撃つ奴は撃たれるから、黙ってみてろ』って言うのは、守ってくれるヒーローのキャパが足りてるときの理屈よ。本当のクライシスには、やれる人間がやるしかない。子供たちの為に改造ヒトデンガーと戦った雲川さんみたいに」


 ヒーローネタを忘れずにぶっこんでくるのは彼女らしいが、言っている事は完全に同意だ。

 敵は「軍団バタリオン」と言う組織ぐるみで動いていて、ツバキの情報で学の弱点を熟知している。おまけにアリサたちとの連絡も取れないので、戦力は喉から手が出る程欲しい。

 魔法の実力は心の強さや実戦経験に相互関係にあるので、倫なら底上げにはある程度の無理が通る。

 あとは、学自身に彼女の命を背負い、自分の背中を守らせる覚悟があるかだが、それは聞かれるまでもない。


「分かった。俺も覚悟を決める。明日から部活が終わったら訓練だ」

「部活は続けていいの?」

「魔力は基礎体力とも連動するからな。俺は俺で〔軍団〕について調べないといけないし」

「正義のチーム結成ね! 名前を決めないと! 何が良いかしら?」


 こういう時の倫は、いつもの10倍バイタリティにあふれている。このままだと徹夜で考えかねない。第一もう名前は決まっているのだ。


「俺たちの所属は、昔からずっと〔河衷防衛隊〕だろ?」


 学の言葉に、倫は昔のままの笑顔でニッと笑って「K・I・G!」と返した。

 そして、止まった時が動き出す。

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